1弾・4話留美と歩歌、仲間になれる時


 


 水の妖精の勇士としての能力に目覚め、同級生の歩歌はその一人だったことを留美ことルミエーラのお供である不思議生物のジザイとブリーゼは話を聞いて、喜んでいた。

「ルミエーラさまの学校の同級生が妖精の血を引いていたなんて……」

 ブリーゼは呟く。ジザイは歩歌がシデーモを倒した時に手に入れたカニの甲羅によく似た黄色い欠片はファンタトレジャーのコハクコウラと判明し、留美は集めるファンタトレジャーはあと五つとなった。

「それで歩歌さんと結託しましたか?」

 ブリーゼが留美に尋ねてきたので、留美はそれを聞いて口ごもるもこう答える。

「普段と戦いは別だからって、学校では親しくしてほしくない、って言ったから」

 留美の発言を聞くと、ブリーゼはピシッと言った。

「何を言っているのですか。水の妖精の勇士となったのならば、日常でもやり取りをするのが当然なのですよ。普段と戦いは別という考えはきつすぎます」

 ブリーゼに言われて留美は沈黙する。留美は自分の部屋に戻って明日の学校の準備をしながら考え込んでいた。

(普段でも宇多川さんと仲良く、ったって宇多川さんもどうせ後でわたしの出来の良さに妬んだりひがんだりするよ……)

 歩歌のことは同級生や水の妖精の勇士の同格になるぐらいで、友達にはなれないと思っていた。


 歩歌は留美と別れた後、バスに乗って公団前に降りて三階建て団地の真ん中の棟に入り、三階の一角にある自分の家へと帰っていった。

 歩歌の住む団地は二部屋リビングキッチンと風呂とトイレのある内装で、今日はタクシー運転の仕事が休みだった父が洗濯物をたたんでいた。

「歩歌、お帰り」

「ただいま、お父さん」

 リビングにはテレビとローテーブルと壁に備え付けのエアコン、大切なものを入れる小タンスの他、部屋の隅に小さな黒い仏壇があり、仏壇には歩歌によく似た顔立ちの女性の写真が飾られていた。歩歌が七歳の時に病死した母、真(ま)美歌(みか)である。歩歌は仏壇に手を合わせてから父に同級生のこと、もちろん留美のことを話したのだった。

「お父さん、わたしのクラスにね、ギリシアから帰ってきたばかりで日本のことはよくしらない女の子がクラスにいるんだけど。わたし、その子と偶然スーパーで出会って『次の日のライブへ行こう』って誘ったの。けど、ライブが終わった後にその子は『あまり親しくしないでほしい』って言われちゃって……」

 歩歌は流石にシデーモと呼ばれる怪物や自分と留美が怪物と戦う妖精になったことは話さなかった。

「そんなことがあったのか」

「わたしって、お節介だったのかな?」

 歩歌がしょんぼりして言うと、父は言った。

「その子はまだ日本に来たばっかりなんだろ? 長く住んでいたギリシアを離れて日本に移ったことになったんなら多少の時間はかけないと。あと、その子の言っている通りにいっつも親しくしているとかえって、うざったいと思われることもあるからな」

 父の台詞を聞いて、歩歌はしょっちゅうだと留美に鬱陶しがられるのかと考えた。

(だけど、一人の真魚瀬さんって何か寂しそうなんだよね……。何とかして打ち解けたいよ。そうだ、苗字じゃなく名前で呼んでみよう)

 留美と仲良くなるために歩歌は思いついた。


 翌朝、留美はオリーブグリーンの制服を着てバスに乗って保波高校へ向かっていった。バスの中は男女問わずの保波高校の生徒や他の学校の生徒、スーツ姿のサラリーマンやOLも乗っており、後ろ側の二人がけの座席に歩歌と歩歌の中学校時代からの友人、田所郁子が座っていた。

「おはよー、留美ちゃん」

 歩歌がバスに乗っているのを目にして留美は目を丸くした。

「あ、おはよ……。宇多川さんもバス通学だったんだ……」

 留美は今まで知らなかったとはいえ歩歌に返事をした。田所郁子はぼんやりしていたが目を開けて起きている。

「宇多川さん、わたしとそんなに親しくなってないのに名前で呼ぶなんて……」

「でもクラスで苗字で呼ばれているのは留美ちゃんだけでしょ?」

「それはそうだけど……」

 バスはやがて保波高校の近くのバス停に着き、次々と保波高校の生徒が下車する。男女ともに制服は同じ色だが、通学鞄は個人によって異なっていた。歩歌は茶色のデイパックで郁子は同型の白いデイパックだ。留美は他の生徒にまぎれて早歩きで校舎に向かっていった。

 教室に着くと廊下に近い自分の座りショルダーバッグの教科書やノートを机の中に移す。その時、歩歌と郁子が教室に入ってきて「おはよー、みんな」とあいさつする。

 歩歌の席は真ん中の後ろから三番目の席で、その前が郁子だった。

(しまった、宇多川さんと席は近いんだった)

 留美は席順を思い出した。歩歌は席に座ると留美の方を見つめており、留美は教科書を開いて視界をそらした。

(わたしのような出来のいい子と宇多川さんのような趣味や特技はあっても普通の子とは仲良くなれっこないんだから……)


 留美は授業では本当に優秀だった。数学の公式は四問とも全問正解で、国語も教科書の文を噛まずに読み、英語もスペリングが上手く、体育の授業も五〇メートルを六.七秒で駆けてしまうほどだった。

 体育の授業では校庭に出て男女共に襟と袖口がオリーブグリーンの白い体操着に男子はオリーブグリーンの半ズボン、女子は黒いスパッツを着用し、運動靴を履く。

「真魚瀬、お前それなりに運動神経ありそうだから運動系のクラブに入ればいいのに」

 四角い顔に角刈り頭に一八〇センチ越えの背丈のガタイのいい体育の先生が留美に言ってきた。

「いっ、いえいえ、わたしが運動のクラブに入るとみんなひがむので……」

「え?」

「あ、いいえ。何でもありません。では」

 留美はそそくさと女子の列に戻り、次の生徒が五〇メートル走の測定に出る。

(わたしだって好きで優秀に生まれてきたんじゃないのにな……)

 留美はマリーノ王国にいた時、泳ぎが誰よりも上手く、そのために他の人魚や海妖精から留美の泳ぎの速さと上手さを妬まれ、また舞踊も上手く、バランスを崩さない留美の上手さをみんなはひがんだ。

 四時間目の体育が終わり、次は昼休みで教室で友人や同じグループの子と一緒に食べる生徒がいて、留美はやっぱり一人でブリーゼが作ってくれたお弁当を食べようとした。

「留美ちゃん」

 名前を呼ばれて声を上げると目の前に歩歌と郁子が立っていた。

「今日も一人なら一緒に食べようよ。その方がいいって」

 歩歌が今は使っていない席に座り、郁子も近くの席に座る。歩歌のお弁当はサンドウィッチだった。

「わぁ、おいしそう。歩歌ちゃんが作ったのよね?」

「いいよ、一つあげる。郁ちゃん、うずらの卵と交換して」

 郁子はフォークでうずらの卵を歩歌に差し出し、郁子は歩歌のランチボックスからハムキュウリサンドを一つ取る。

「留美ちゃんも一つどう? 交換はブロッコリーで」

「い、いいの? じゃあその紫のやつ……」

 留美はブロッコリーを歩歌のブルーベリージャムサンドと交換した。留美はおかずとご飯を食べてからジャムサンドを食べた。

「あ、おいしい」

 ブリーゼはサンドウィッチも作ってくれるけど、ブリーゼが作ってくれたものよりもおいしく感じた。

「そうだ。留美ちゃん、次の授業まで何をしている?」

 歩歌が尋ねてきたので、留美は「えっ?」という顔つきになるが、すぐに返事をした。

「次は歴史の授業だからその予習を……」

「そっか、お弁当を一緒に食べてくれてありがとう。じゃあ」

 歩歌と郁子は席を立って教室に出た。

 一人は慣れている筈なのに歩歌と郁子と昼食をとった後は留美は清々しく感じた。


「まぁ、ルミエーラさまがやっと……、ご学友と一緒に昼食を!?」

 留美は学校から帰ってくると歩歌と郁子と一緒にランチしたことをブリーゼに話すと自分のことのように喜んだ。

「そ、そんなに興奮しなくても……」

 今日の晩色である梅肉入りトンカツを食べながら留美はブリーゼに言った。

「いやいや、マリーノ王国ではご友人のいなかったルミエーラさまがたとえヒューマトピアでもご学友と昼食を共にしただけでも成長ですぞ。次は放課後のお付き合い、その次は休日の外出。そして最終的には……」

 留美の向かい側の椅子に座るジザイが期待してうなる。

「そんなに先のことなんてわからないよ。第一、宇多川さんとは海賊と戦うための同士だし……」

 留美はジザイに返事をした。


 次の日、留美が学校に来ると登校中のバスで出会ったのは郁子だけだった。歩歌はどうしたのかと尋ねると、何でも自宅の団地の階段で足を滑らせてくじいてしまい、二時間目の授業あたりに来るという。留美はそれを聞いて一旦驚くが、大したケガじゃなくて良かったことに安堵する。

 二時間目の公民の授業で歩歌が左足首に包帯を巻いて教室に入ってきた。

「自分ちの団地の階段で転んだんだって? ドジだけど気の毒だよな」

「捻挫で良かったよ。骨折だったらシャレになんないよ」

 クラスメイトが歩歌の足を見て呟いた。休み時間になると郁子と留美が歩歌の席に近づいた。郁子が歩歌に尋ねる。

「足、大丈夫?」

「平気よ、四、五日すれば治るから」

 歩歌は笑いながら郁子に返事をすると留美に視線を向ける。留美は痛々しい歩歌の足を見てしどろもどろになる。

「あ、あのさ、宇多川さん……。無理しないでよ?」

「うん、気遣ってくれてありがとう」

「ありがとう」と言われて留美は今までに感じなかったものを心に感じる。


 午後の授業もHRも掃除も終わり、生徒たちはクラブ活動や委員会、アルバイトや予備校などの活動にはげんだ。

 クラブも委員会もない留美はショルダーバッグを肩にかけてバス停に行こうとした時だった。

(ルミエーラ)

 耳で聞きとった声ではなく頭の中に響いてくる声だった。しかも声は冷たい感じの女の声だった。

(ルミエーラ、わたしと戦え。保波高校から西北にある自動車スクラップ場にわたしはいる)

 砂嵐を起こすシデーモを引き連れたドレッダー海賊団の幹部フェルネだった。留美はフェルネの呼びかけに応えて教室を出て校舎を抜けて保波高校から西北に向かって十分歩いた場所にある自動車スクラップ場。タイヤがなかったりボンネットが潰れていたりフロントガラスが割れている自動車が何台も置かれ、積まれている自動車もあった。地面は乾いた薄茶色の土で風で土煙が舞い、澄みきった青空をかすませることもあった。留美はたった一人で自動車スクラップ場へ来て自分を呼び寄せた者と対面する。

「来たか、ルミエーラ」

 時々風で舞う土煙に向こう側から長い髪に赤い蛇腹黒い鱗に蛇体の娘、フェルネが現れる。

「こんな所にわたしを呼んでどうするの?:

 留美はフェルネに尋ねる。

「決まっているだろう。お前との決闘だ。前は二人目の水の妖精の勇士の出現でお前とまともに戦えなかったから。今度こそお前と一対一の勝負をな」

「それがお望みなのね。わかったわ……」

 留美は制服の胸ポケットに入れていたチャームを取り出して首にかけてチャームを握って念じると紫色の光に包まれて、長い深いピンクのウェーブヘアと紫色のコスチュームの姿に変わる。

「では、いくぞ」

 そう言うなりフェルネは蛇尾を大きく振ってルミエーラに叩きつけようとしてきた。それを見たルミエーラはとっさに大きく跳躍して避けるものの、フェルネの蛇尾の威力は思っていたより破壊力があり、ルミエーラの真後ろにあった青い乗用車のボンネットが真上から岩を落としたように凹んだのだった。ルミエーラは四角いワゴン車の屋根の上に着地するとフェルネの攻撃力を見て引く。

(廃棄されているとはいえ、自動車があんなに歪むなんて……)

 ルミエーラがワゴンの上に立っているのを目にしたフェルネは口からいくつものの火の玉を吐き出してきた。それに気づいたルミエーラは急いで水の玉を出してフェルネが出してきた火の玉を消して、白い水蒸気の煙が出て二つが弾ける。

「わたしが出せるのは火だけではないんでね」

 フェルネはそう言うと深呼吸をして勢いよく口から薄い赤い霧のような息を吐き出してきた。

「な、何!?」

 ルミエーラはフェルネが口から出したのが火ではなく赤い霧のような息を出してきたのを目にした時、自動車を持ち上げるクレーンに泊まっていた二羽のカラスがフェルネの出した息にかかってけいれんさせ、落下してきて地面に叩きつけられる。

「ど、どういうこと……!?」

 ルミエーラはフェルネの息にかかったカラスの姿を見て驚き、やがてカラスは大きくびくつくとパッタリと逝ってしまった。

「毒の息……。あれを吸ったらまずいんだわ……」

 ルミエーラがカラスの死を目にしてフェルネの吐く毒の息を吸わないように気をつけようとするも、フェルネは再び深呼吸をして毒の息をルミエーラに向けて吐き出してきたのだ。

「マーメイド・アクアスマッシュ!!」

 ルミエーラは水の玉を出して毒の息を防ごうとしたが一歩遅く鼻と口に毒の息がかすかに入り、目まいを催して体がぐらついて地面に落下した。

「あうっ」

 ルミエーラは地面に叩きつけられただけでなく、手足がしびれて動きたくても動けなくなってしまった。体がしびれて動けないルミエーラを見てフェルネが蛇の下半身を這わせて近づいてくる。

「流石の水の妖精の勇士も毒には弱かったか。しかし動けない水の妖精の勇士は赤子の手を捻るのも同然。お前は船長の元へ連れて行く。動けない相手に止めを刺すのは卑怯だからな」

 そう言ってフェルネはルミエーラを抱えてドレッドハデス船長のいる戦艦へ連れて行こうとしたその時だった。空から音符型のエネルギーが飛んできてフェルネは後方に飛ばされて後ろの車体にぶつかった。

(この攻撃方法は……)

 体は動けないが意識のあるルミエーラは気づいた。ルミエーラとフェルネの斜め上の上空には翼を持ち白い装束姿の歩歌がいたのだ。

「留美ちゃんに手を出さないで!」

 歩歌はルミエーラの前に降り立ち、ルミエーラの体を支えてフェルネに向かって叫ぶ。

「おのれ、セイレーンの勇士め! 一度ならず二度もわたしにたてつくとは! 次こそは必ず!」

 そう言ってフェルネは闇のひずみを出して中に入ってひずみは消えた。

「留美ちゃん、大丈夫!?」

 歩歌がルミエーラに問いかける。

「う、宇多川さんだって……、足をケガしているでしょうに……」

 ルミエーラは歩歌の左足首を見て言い返す。歩歌の足は引きずっていたのだから。

「でも、どうしてここがわかったの……?」

「うん、普通に後をつけたらバレると思って足首も捻っていたから、変身して空から留美ちゃんを尾行していたの。そしたら留美ちゃんがピンチになっていて……」

「宇多川さん……」

(ああ、そうか。誰かが危ない目に遭った時、残った方が助けてくれる。これが仲間っていうんだ……)

 マリーノ王国にいた時には感じなかった他者からの思いやり。昨日まで友達も仲間と呼べる存在がいなかったルミエーラはようやく友情を知ることが出来たのだった。

「ありがとう、宇多川さん……。いいえ、歩歌ちゃん」

「留美ちゃん、やっとわたしのこと、名前で呼んでくれた」


 ルミエーラは毒の息を吸ったためにしばらく体が動かなかったが、一時間もすると毒が抜けて歩けるようになった。

 留美と歩歌は制服の姿に戻り、一緒にバスに乗って帰っていった。

 空はすっかり朱色に染まり西日になっていたが、この日は最高に素晴らしい日となったのだった。