1弾・6話 親睦ピクニック


 法代が水の妖精の勇士として覚醒した日の夕方、留美は家に帰ってブリーゼとジザイに法代が海藻の妖精ウィーディッシュの力を持っていたと教えた。
「な、なんですって!? 法代ちゃんが……。まさか三人目がわたしたちの住む場所の近くにいたなんて……」
 ブリーゼは留美の話を聞いて驚きつつも喜ぶ。ジザイは留美が三つ目のファンタトレジャーを手に入れたことに感心していた。
「これはメノウテングサ……。あと四つでマリーノ王国は救えますぞ」
 だが留美は法代が妖精の力に目覚めると半分自身の体の治りが早いことに納得していて半分戸惑っていることに悩ませていた。
「だけどなぁ、歩歌ちゃんは同じ高校の同級生で不思議ながらも受け入れていたからいいとして、法代ちゃんはまだ小学生で、それに……」
「それに何ですの?」
「しょっちゅう転んでいるから何か頼りない感がして……」
 再生能力が早いウィーディッシュのチカラを持っているとはいえ、留美のまぶたに映るのは法代の転ぶ姿だった。
「まぁそれはそうと、ルミエーラさまと歩歌さん、法代ちゃんの仲を深めるために親睦会を催してみたらどうです?」
 ブリーゼが留美に法代と親交を深めるための親睦会を思いつく。それを聞いて留美は苦い顔をする。
「親睦会、か……」
 留美は親睦会の催しに乗る気がしなかった。ミスティシアのマリーノ王国にいた時、留美は飛び級で上の学校に行っていた時や両親と共にお城のパーティーで上の学校の先輩や他国の妖精との親睦会に参加したが、上級学校の人魚やセイレーンやウィーディッシュなどの先輩たちは留美を天才どころか〈高飛車〉や〈おませさん〉と扱ったり、お城のパーティーでの親睦会では人魚などの水の妖精の他にもエルフやドリアードなどの山の妖精も参加しており、彼らとの異文化や文明や思想とはさっぱり合わずだんまりしており、「愛想が悪いな」と印象づけられていた。
(親睦会の良い思い出なんてないけれど、ブリーゼが言うんならやった方がいいのものかな……)
 留美は浮かない顔をしつつも、歩歌も呼んで法代との親睦会を催すことにした。

 地球の太平洋の深度数百メートルの海中にあるドレッダー海賊団の戦艦。海は深い青の背景に周りには岩礁と砂とその海中に生息する様々な魚類やイカやタコやクラゲなどの海洋生物が漂っていた。
 薄暗い中に蛍のような照明がいくつか灯る司令室でシェラールがひざまづいてドレッドハデス船長に報告していた。
「三人目の水の妖精の勇士も現れただと……」
「はい。ですが三人目は十そこそこの小娘。しかも自身の能力の扱いは未熟な方。今のうちに捕らえるのは容易いかと」
「幼子でも妖精の力に目覚めることもあるのだな……。下がれ、報告さえ聞ければ充分だ」
「失礼します」
 シェラールはお辞儀をし、司令室を去る。シェラールが去った後の司令室で一人、ドレッドハデス船長は椅子に座ったまま呟く。
「予言によれば水の妖精の勇士は四人。あと一人さえ現れなければ、いや覚醒前に捕らえておくべきか。その方が手っ取り早いか……」
 ドレッドハデス船長は口元を釣り上げる。

 法代の小学校のバザーから数日経った保波高校では生徒たちは明日から三日間の連休に何をしようか語り合っていた。プロ野球の観戦、温水プールでひと泳ぎ、千葉市のおばあちゃんちで一泊二日もいれば、母と妹とデパートへ行く子も。留美と歩歌のクラスの同級生も連休の予定でもちきりだった。
「郁子ちゃんは連休は家族で温泉旅行かぁ」
「うん。連休は必ずおじいちゃんの代からひいきにしている旅館に行っているからね」
 留美は郁子から連休の温泉旅行の話を聞いて感心する。郁子の家は小さな建築デザインの事務所で豪勢ではないけれど稼ぎが良く、季節に一度は旅行に行けるのだ。
「歩歌ちゃんと留美ちゃんは連休はどうするの?」
 郁子が尋ねてきたので留美と歩歌は顔を見合わせる。
「ああ、わたしと歩歌ちゃんは……その……わたしの近所の子とピクニックに……」
「うん、わたしも誘われてね……」
 二人は郁子に連休の予定を話した。
「ふーん、近所の子とピクニックねぇ。それはそれで楽しそう」
 ここで次の授業を報せるチャイムが鳴って、教室内の生徒たちは各々の席に着く。次の授業は地理で担当教科の中老の男性教諭が黒板に用語と地図をチョークで書く。
 留美と歩歌が郁子に話した連休の予定のピクニックとは言うまでもなく水の妖精の勇士となった法代との親睦会で、ピクニックは歩歌の思案であった。
(ピクニックかぁ……。初等部一年の時以来だな……)
 留美は学校行事の思い出はとても薄い。勉学があまりにも優秀だったため、先生たちから「ルミエーラは今の学年だと他の子との差がありすぎる」と判断して二、三学年上の学年へ飛び級した。留美のミスティシアでの学校行事の思い出は必ず周囲の子らの外観や年齢が変わっているため、一緒に行動した記憶も薄かった。
 しかし人間界では賢い子も劣っている子も普通の子も同じ教室で同じ授業を学び、同じ学校行事に参加していた。四月最後の火曜日では一年生の校外学習があり、留美たちは市外のフラワーパークへ行き、スイートピーやチューリップ、色とりどりのバラやルピナスなどの花を見てきたのだ。留美は歩歌や郁子、勉強家でクラス委員の深沢修(ふかざわおさむ)とバスケットボール部員の男子・神奈瑞仁と同じグループになった。
 深沢くんは入試の時に一位で合格し、神奈くんは明るく陽気で男子からも女子からも人気があった。留美は全員ではないが同じクラスの生徒を把握しようと考えるようになった。

「ただいまー」
 留美が学校から帰ってくると、ブリーゼがティーポットの紅茶をマグカップに注いでおり、マグカップの近くにはフィナンシェの小皿が置かれていた。
「ルミエーラさま、お帰りなさいませ。今、おやつの用意ができましたからうがいと手洗いとお着替えを済ませてくださいませ。
 あと、法代ちゃんのお母さまに法代ちゃんが親睦会に来てくれるようにお願いしたところOKしてくれました」
「えっ、ホント!? 良かったー、もし来てくれなかったら水の妖精の勇士としての今後はどうなるかと思って……」
「ルミエーラさまが相手のことを考えてくれるとは……。マリーノ王国にいた時は周囲のことは関心がなかったというのに……」
 ブリーゼが留美が他者のことを思ったり考えるようになったことを知ってホロリとなる。
「そんなに大げさに感激しなくても……。あとさ、歩歌ちゃんに法代ちゃんとの親睦会はどんなのにしたらいいかって話したら、歩歌ちゃんはピクニックにしたら、と持ちかけてきた」
「ピクニックですか……。連休は三日間とも晴れですから、ピクニックにしましょう。どうせなら浜辺でピクニックなんかどうです? この保波市以外の町の浜辺とか」
 留美は浜辺でピクニックすることを聞いて考える。
「保波市以外の浜辺でピクニックねぇ……。それでいくか」
 という訳で法代との親睦会はよその町の浜辺でのピクニックに決まった。

 連休初日は空が澄みきった明るい青で雲も一つもなく太陽が白金に輝いていた。保波市をはじめとする町の光景はビルなどが並ぶ都市に買い物や会食にやってきた人々が老若男女といつも以上にめかしこんでおり、遊園地や動物園などのレジャー施設に行く人たちは自動車に乗って出かけるものの、普段よりも多い自動車で道路が埋め尽くされていて渋滞になっていた。駅構内でもいつもより遠くに行く人や駅構内の店舗での買い物客で賑わっていた。
 保波駅のエントランスでは人々が出入りする中、出入り口に近い柱の一つの前に留美、法代、人間姿のブリーゼが立っていた。ピクニックなので動きやすいパンツルックとスニーカーの服装をしていた。ブリーゼの手には大きめのビニール製の銀のクーラーバッグと小さなキャンバス生地のトートバッグ。留美はパーカースウェットと胸にハートプリントのTシャツとロールアップのデニムパンツと紫のバイカラースニーカーで肩には服と同じブランドの小さな青いショルダーバッグを斜めにかけ、法代は水色のダンガリーシャツと細かいボーダーカットソーとハーフカーゴパンツと黒いハイソックスといつも履いている緑のスニーカーで、背には白地に緑のリーフプリントのミニリュック。三人はジザイが歩歌を迎えるためにたって待っていた。予定の時間が十分も経っているのでしびれを切らしそうな留美たちの前にスウェット姿の人間ジザイと歩歌が他の人たちに紛れてやってくる。
「お〜い、留美ちゃん、法代ちゃ〜ん」
「お待たせしましたな」
 歩歌とジザイがやってきたのを見て留美とブリーゼは安心する。法代は母にすすめられて留美たちの親睦会のことは迷ったけれど、出かけることにした。
「お弁当を作ったら遅くなっちゃって……」
 歩歌の手には大きめの籐のランチバッグ、肩には茶色い合皮革製のこじゃれたポシェット、服装は丸襟のカーディガンとTシャツワンピと黒いレース付きレギンスで足元は白い水玉模様の靴下とえんじ色のスリッポンである。
「まぁまぁ歩歌ちゃん、お弁当はわたしが作ってきたからいいものを……」
「足りないと思ってきて……」
 ブリーゼが歩歌に言うと、ジザイがみんなに声をかける。
「それでは切符を買って電車に乗りましょうか」

 留美一家と歩歌と法代は君ヶ浜公園に行くために白い車体に緑ラインの各駅停車の電車に乗る。快速でも良かったのだが大型連休の今では混雑していたため、人の少ない各駅停車を選んだ。快速なら二十分で行けるところ、各駅は三十分かかってしまうが、留美たちは電車の座席に座ることができて、窓には日差しよけの幕が下りているのもあったが日除けを出していない窓からは移り変わる景色が目に入る。青や黒の屋根が並ぶ住宅街、駅前の○○塾や予備校のあるビルの看板、麦わら帽子に作業着姿のおじさんおばさんが田畑を耕したり耕運機で田植えをする様子も見られた。電車に乗る人々も移り変わり、親子連れや中高生のグループなどと駅によって入れ替わる。
『次は君ヶ浜、君ヶ浜〜』
 ようやく到着先を告げるアナウンスが聞こえたので留美たちは電車を降りて改札機に切符を入れてくぐって、濃淡の灰色の内装の駅構内とコンビニやラーメン屋などの店が並ぶ駅前を出ると、灰色のアスファルトの道路の向こう側には明るい青空と濃い青の海、茶色に見える湿った砂浜と灰白色の乾いた砂の海岸を目にしたのだった。浜辺には小学生の子たちが熊手とバケツを持っていて貝を集める潮干狩りをしていたり、犬と一緒に海岸を走る若者、テトラポットの上に座ってコーヒーを飲む若い女性の姿もあった。
 この日は少し暑く、潮の匂いが漂っていた。暖かい少し強めの風が留美たちの髪をなびかせて服の裾が翻る。空と海の濃淡の青を見つめて留美はつぶやく。
「……冬に人間界へ来た時は、海は沈んだ青で風も刺すように冷たかったのに、春の海は清々しく感じる……」
 留美の台詞を聞いて歩歌が返事をする。
「うーん、冬はあんまり人が来ないからじゃない? あとわたしも何故か海を見て見慣れているはずなのに恋しく思えるんだよね」
「もしかすると歩歌さんの中のセイレーンの遺伝子が先祖の故郷であるマリーノ王国を思い出させているのでしょうね」
 ブリーゼが歩歌にそう言うと、海を見つめていた法代もつぶやく。
「……わたしも、海を見ていると何かうずうずするんだよね。自分の中のウィーディッシュという海藻の妖精の遺伝子が騒いでいるのかな」
 純粋な妖精である留美と異なり世代を隔てて妖精の力に目覚めた歩歌と法代だが、海に対する気持ちは同等なのだろう。
「では小難しい話は後にして、そろそろ食べましょうか。ほらっ、あの岬あたりが見える所なんか……」
 ジザイが留美たちにそう促すと、一同は海岸に足を踏み入れて昼食をとることにした。ブリーゼが持っていた銀色のクーラーバッグにはブリーゼが作ったお弁当が入っていた。タッパには厚焼き玉子に唐揚げにプチトマトにサラダ菜、おにぎりもシャケにおかかにたらこに梅干し、デザートもキウイにオレンジにさくらんぼとタッパに入れられていた。キャンバス生地のトートバッグには大きめの水筒が二つ入っていて、黒いのにはミルクとシロップ入りコーヒー、銀色のには麦茶が入っていた。歩歌もランチバッグからアルミホイルに包んだサンドウィッチが入っていて、卵やハムレタスやツナやブルベリジャムクリームチーズ、小さなタッパにはミルク寒天が入っており缶詰の桃とパインアップルとみかんが入っていた。
「うわぁ、おいしそう!」
 法代はブリーゼと歩歌の作ったお弁当を見て目を輝かせる。
「それじゃあいただきましょうか」
 ジザイが音頭を取り、一同はおにぎりをかじったりサンドウィッチにかぶりついたりコーヒーを飲んだりして、ピクニックの昼食にいそしんだ。
「ああ、おいしかった。まだ夕方まで時間があるし、お散歩でもしようか」
 歩歌が食べ終えた留美と法代に言うと、留美は賛成した。
「うん、そうだね。二人ともここで待っていて」
「ええ、行ってらっしゃい」
 留美がブリーゼとジザイに言うと三人で海岸を散歩したザンザンと波の打ち上げる音が響き、浜辺には小さなカニが横ばったり、岬の向こうには海鳥の飛ぶ姿が見られた。
 留美・歩歌・法代の三人が海岸を歩いていると、法代が留美に尋ねてきた。
「ねぇ、留美さんが他の世界からやってきた人魚って本当なの?」
「そ、そうよ。妖精の世界ミスティシアからやって来たのよ。お供のブリーゼとジザイと一緒に。もう五ヶ月も人間界にいるのよ……」
「ふーん。それでこの間の学校のバザーのあった日に現れた怪物と戦っていたけど、怪物退治をするために人間の世界にやってきたの?」
 法代の質問に留美は苦い顔をする。
「わたしやブリーゼやジザイの住んでいたマリーノ王国が怪物……正しくは海賊たちによって父も母も女王さまも万年水晶の中に閉じ込められちゃって……、助かったわたしはお供と一緒に人間界へ逃げたのよ。
 あとわたしは生まれた時にテレーズという占い師から『この子は大いなる悪と戦い水の妖精の勇士となって三人の仲間と共に悪を撃ち破るだろう』って予言されたの。それがわたしと歩歌ちゃんと法代ちゃんであと一人はまだわからない」
 留美の話を聞いて法代は留美の話がまんざら創作ではないと思った。
「……わたし小さい頃から勉強も歌舞も女のたしなみも誰よりも優れていたから、他の子たちからひがまれたり疎まれたりして友達が一人もいなくって、水の妖精の勇士になっても他の子からひがまれると思っていたけど……、そうでもなかった」
「留美ちゃんはわたしや今はいないけど郁子ちゃんと打ち解けるのに時間かかったけど、上手くやっているよ」
 歩歌が留美の話に入り込んできてフォローする。
「留美さん……ていうか出来のいい子って、みんなからチヤホヤされていると思っていたけど、そうでもないこともあるんだね」
 法代が留美の話を聞いてわかったというように返事をすると、海岸の雑木林のある入江に怪しい気配を感じて三人は駆けつける。
 入江にやってきた留美・歩歌・法代が駆けつけると、青い鱗模様の長衣長ズボンに灰緑の髪の青年が背中に無数の赤や黄色や紫のサンゴを生やし、四肢もサンゴ状の巨大な怪物を率いて現れたのだ。
「わぁっ、また怪物!?」
 法代がサンゴの怪物を見て叫ぶ。留美と歩歌は青年を目にして尋ねてきた。
「あなた、海賊ね?」
「そうさ、ぼくはドレッダー海賊団のトラッパーさ。言うまでもなく、君たちを捕らえにきたのさ」
 トラッパーが留美たちに言った。
「あなたたちの言うとおりにはならないわ!」
 留美・歩歌・そして法代も首に提げているチャームを出して念じる。
「チャームよ、わたしに水の妖精の勇士の力を……」
 留美は淡い紫の光、歩歌は白い光、法代は緑色の光に包まれて、光が弾けると留美は深いピンクの髪に薄紫色の眼と衣装、歩歌はオレンジ色の髪と青い眼と音符をあしらった白い衣装に背に翼、法代は灰茶色の髪に緑色の眼と衣装の水の妖精の勇士に変化する。
「君の相手はぼくだよ、ルミエーラ!!」
 トラッパーがルミエーラの前に立ち、ルミエーラは周囲の水分を集めて水のつぶてにして飛ばすも、トラッパーも掌から細かい針状のエネルギーを出してルミエーラの攻撃を防いで二人の攻撃は弾け飛ぶ。
「ブクククク」
 サンゴシデーモは歩歌と法代に向かって踏みつぶそうとしてきたが、歩歌は背中の翼を羽ばたかせて軽やかに後退して避ける。法代もシデーモに攻撃しようとするが、どうしたらいいか逃げ回ってばかりいた。
「法代ちゃん、この間のように攻撃してよ」
歩歌が法代に注意すると法代は困り顔をする。水の妖精の勇士になれば身体能力が上がったり特殊な技が使えるようになるのだが、シデーモから逃げるのに精一杯のようだった。
「そ、そんなこと言われても〜」
 その時サンゴシデーモが背中のサンゴの穴からサンゴの卵のような乳白色の白いつぶてを放ってきた。歩歌は音符型のエネルギーを声と共に放つセイレーン・ビューティーサウンドでシデーモの攻撃を防いだ。法代はシデーモの攻撃に当たるまいと必死につぶてから逃げ回っていた。
(法代ちゃんは変身できたり技が使えても、海賊との戦いにまだためらいがあるんだわ。まだ水の妖精の勇士の使命を受け入れられてないんだわ)
 歩歌は法代の様子を見てそうさとる。実質法代は変身できても内面の方はまだ乱れていたのだから。
 最初の戦いの時は先輩である留美と歩歌がサポートしていたから良かったが。
「だっ、誰かー!!」
 留美たちのいる場所から近い岩礁辺りで声が聞こえてきた。歩歌が空から見てみると、カモメ姿のブリーゼとウミガメ姿のジザイが巨大な二枚貝の怪物に襲われていて、しかも怪物を操っている巨漢の姿を発見したのだった。
「ブリーゼさんとジザイさんが……!」
 歩歌は助けに行こうとしたがサンゴシデーモがつぶてを出してくるので行きたくても行けなかった。そこで法代に言った。
「法代ちゃん、ブリーゼさんとジザイさんの処へ行って助けに行ってちょうだい! わたしはこのシデーモの相手で精一杯なのよ!」
「え、でも……」
「あなたしかいないのよ! 早く助けに行って!」
 法代はためらうものの、歩歌に言われてブリーゼとジザイのいる方向へと駆け出していった。一方ルミエーラは水の玉を集めてぶつけるマーメイド・アクアスマッシュを何度もトラッパーに向けて放つが、トラッパーは素早い動きで避けるか針型エネルギーで弾いてしまうのだった。何度やってもらちがあかないと思ったルミエーラは波が足元にかかった時、海の中に飛び込んでいった。
「逃げるのか」
 トラッパーもルミエーラの後を追って海の中に入る。海の中は岩礁とわずかな海藻、暗い色の砂が海底にあった。トラッパーが水中を泳ぐように移動しているとフィッシュテールの衣装はそのままだが二本の脚を薄紫の尾ひれに変えたルミエールが現れたのだ。
「成程、ここが海だから君にとっての有利そうな姿に戻ったというわけか」
 トラッパーはルミエーラの人魚姿を見てつぶやく。
「ええ、わたしの人魚姿をお目にするのは初めてみたいね。わたしの後をついてこれるかしら!?」
 そう言うなりルミエーラは勢いよく尾ひれを動かし、沖の方へと泳いでいった。
「追いかけっこか……。ならば捕まえて船長の手土産にしてやる!」
 トラッパーも踏ん切りをつけて泳ぎだす。ルミエーラとトラッパーは君ヶ浜の海岸から大分離れた海の沖合に出る。海の中の海底には岩肌につくサンゴやフジツボ、手の形や網のような海藻、イシダイやタナゴなどの海魚、他にもヒトデやクラゲやウニ、イソギンチャクなどの海の生き物が見られた。
「どこへ行った、ルミエーラ」
 トラッパーが岩の後ろや海藻の茂みにルミエーラがいるかどうか探していると、岩が積み重なった穴からウツボが出てきてトラッパーを驚かせた。ウツボの出現で思いっきり後退したトラッパーは偶然ムラサキウニの刺が手に刺さって痛がって飛び上がると今度は漁業区域を仕切るためのブイに頭をぶつけて失神して海底に泡沫を立てながら沈んでいった。海底の砂利の上でのびているトラッパーの様子を見て、昆布の林に隠れていたルミエーラが顔を出す。
「なんて間抜けなんでしょ。この人は水妖精だからこのまま方っておいても大丈夫でしょ。ウツボさん、ありがとう」
 ルミエーラはウツボに礼を言うと君ヶ浜のある方角へ戻っていった。

 君ヶ浜では入江で歩歌がサンゴシデーモと戦っており、音の攻撃でサンゴシデーモの産卵式石つぶて攻撃を防いでいた。歩歌は気づいたのだ。サンゴシデーモは動きが鈍いことに。
(防御ばっかりしてちゃらちがあかない。空を飛べるのだから、この素早さを駆使しないと)
歩歌は背中の翼を羽ばたかせて円状にサンゴシデーモの周囲を飛び回った。サンゴシデーモは歩歌を目で捕らえようと脚を動かして方向転換するが、歩歌が一周するとシデーモは半周しかいってなくまた動きを変えようとしたが今度は後ろという具合になっていてシデーモは歩歌の素早さに翻弄されて目を回してしまった。シデーモが目を回して千鳥足気味になっていると、歩歌は精神を集中させて口から声と音波を発する技を出す。
「荒みし深海の虚無よ、この音色を導くセイレーンが麗しき音で浄化する。
 セイレーン・フォルテッシモシンフォニー!!」
 シデーモは断末魔を上げて四分や六分などの音符の群れに包まれて灰色の石となって砕け散って、砕けたシデーモの破片の中から深緑の小さなサンゴが現れて歩歌は手にしたのだった。

 歩歌に言われてブリーゼとジザイのいる岩礁へ向かった法代はブリーゼとジザイが二枚貝の巨大な怪物によって貝の体から出ている朱色の触手によって絡みつかれているのを目にしたのだった。
「な、何、この怪物!?」
 法代が怪物を目にして驚くも、怪物の上の貝に乗っている巨漢が法代を目にする。
「お前か、三人目の水の妖精の勇士だという娘は。おれはドレッドハデス船長の副官グロワーだ」
「てことは二番目に強い海賊!?」
 法代がグロワーに向かって尋ねてくる。
「もちろん離してやろう。ただし、お前たちが全部持っているファンタトレジャーをよこせば、な」
 グロワーが条件を出してきたので法代は戸惑った。
「法代殿、そいつの言いなりになってはなりませんぞ!」
「第一ファンタトレジャーはルミエーラさまが持っているではありませんか!」
 ジザイとブリーゼが法代に言う。
「持っていないのか? なら離せんなぁ。シデーモ」
 グロワーが目でシデーモに命令をして、貝のシデーモはブリーゼとジザイをきつく絞める。
「あああ〜!!」
 ブリーゼとジザイがもがき苦しむのを目にして法代はどうしたらいいかつっ立ったままになる。
(ど、どうしよう。怪物は大きくて怖いし、でもブリーゼさんとジザイさんは放っておけないし……)
 法代が迷っている時だった。ファンタトレジャーを持っている留美の姿はなく、歩歌もサンゴシデーモの戦っている中、ブリーゼとジザイを助けられるのはどう考えても自分しかないと法代は思った。
(逃げてばっかりじゃ、ブリーゼさんとジザイさんは助からない。やらなくちゃ)
 ザッ、と法代は左足を前へ踏み出し、シデーモに命令を出しているグロワーに顔を向けて叫んできた。
「ブリーゼさんとジザイさんを離して!」
「ほう? やれるものならやってみるがいい。シデーモ!」
 二枚貝シデーモは余っている触手を法代に向けて伸ばしてくる。法代は両掌を出してきてエメラルド色の波動を出して半球状のバリアを出して防ぐ。シデーモは触手を何度も伸ばしてくるがその度に法代に防がれてしまう。シデーモがへばってくると、法代はエナジーバリアを解除して、両手にエネルギーを込めてから左手からエメラルドの波動を放ち更に右手で押し出すウィーディッシュ・エナジーウェーブを放った。法代の攻撃が自分の方へ向かってくると察したグロワーはシデーモから離れてシデーモはエメラルドの波動を受けて断末魔を上げて石灰のように白くなって体にヒビが入って砂塵となって散り、シデーモに触手に囚われていたジザイとブリーゼが解放されて自由の身になる。
「うう……。折角船長から授かったシデーモがまたしても……トラッパーはどうした!?」
 グロワーがシデーモを倒されたのを見て悔しがっていると、仲間のトラッパーがいないのを目にして叫ぶ。
「彼なら沖の方でのびているわ」
 そこへ波間から人魚姿のルミエーラが現れ更にサンゴシデーモを倒しファンタトレジャーを手にした歩歌も空から降り立ったのだ。
「くそう! 折角手柄を立てようと思ったのに……。この次こそ、お前たちを打ち取ってやる!」
 グロワーは自分の近くの波間に闇のひずみを出してそこに入って、ひずみは消えた。
「ルミエーラさま、歩歌殿!!」
「よくご無事で……」
 ジザイとブリーゼがルミエーラたちに駆け寄る。君ヶ浜に泳いで戻ってきたルミエーラを見て、歩歌と法代が目を見張る。
「初めて見たよ、留美ちゃんの人魚姿……」
「本当に妖精だったんですね……」
 まじまじと見つめられてルミエーラが困り顔をする。
「そんなに見つめなくても……」
 更にジザイが白く光る二枚貝をルミエーラに見せる。
「ルミエーラさま、見てください。ファンタトレジャーの一つ、雲母シラナミですぞ」
 この日は一度に一つのファンタトレジャーが手に入ったのだ。

 戦い終えた留美たちは普段の姿に戻ってブリーゼとジザイも人間の姿になって君ヶ浜を去り、電車に乗って保波市に帰っていった。窓の景色には朱色に染まった空と赤い夕焼けが海を橙に変えて水面が太陽の光で煌く様子が見られた。
「今日は疲れちゃったなー」
 帰りの電車の座席で法代が手足をダラリとさせて座り込む。留美一行の他にも遠出や買い物に出かけて帰路に入る人々の姿があった。紙の買い物袋を提げていたり席に座って居眠りしていたり、二十代くらいの娘の数人がおしゃべりをしていた。
「今日の親睦会、どうだった?」
 歩歌が留美と法代に尋ねてくる。
「ああ、久しぶりに海岸に行ってきたから、新鮮だったよ」
「わたしもお弁当がおいしくて、散歩したのが良かったです」
 留美と法代がそれぞれの感想を述べる。保波駅に着くと、西に日の傾いた空の下の町で留美たちは歩いて帰る。夕方の町はいつもより自動車が多く、ビル内の店舗もまだ明るかった。帰り道を歩いていると、法代が留美と歩歌に言ってきた。
「留美さん、歩歌さん」
「な、何、法代ちゃん?」
 法代が急にかしこまってきたので留美と歩歌は足を止める。
「わたし、水の妖精の勇士になったことは突然だったけれど、今日の親睦会で二人ともわたしに親切にしてくれたことは感謝しています。恐縮だけれど、これからもよろしくお願いします」
 法代は留美と歩歌に言うと、二人は顔を見合わせてからうなずく。
「こちらこそ、よろしくね」
「ま、また一緒にお出かけしようね」
 歩歌は微笑み、留美も照れながら法代に言った。
「今日の親睦ピクニックは成功ですな」
「そうですね。ファンタトレジャーも二つ手に入ったし」
 人間姿のジザイとブリーゼも三人の関係が良くなったことに喜ぶ。
 残る水の妖精の勇士はあと一人。そしてマリーノ王国を救うファンタトレジャーもあと一つ……。