2弾・6話 幼なじみについてと厄介な事件



 季節は八月に入り、気温も湿度も高くなる頃、保波市をはじめとする町はどこもかしこも屋外プールや公民プールは連日の利用客が多く混雑しており、道路ではテーマパーク移動などの渋滞も起こりやすく、日差しの強さのため外出を控える人もいた。

 保波駅の駅構内ビルの中にある本屋の文庫コーナーで、留美は読書感想文にするための本を探していた。保波高校では課題となる本のうちの一つを選んで読んで感想を書く宿題が出ていた。本屋は実用書や雑誌、児童書などコーナー別に分かれており、老人や学生などの客が本を手にとったり内容を軽く読んだりとしていた。

「どうせなら短編集にしようかな。ジェニファー=スタローンの『アフター5の女学生たち』……。これなら明るい話みたいだし」

 留美は外国人作家コーナーの文庫本を一冊取り、目次を見てみる。『アフター5』の他にも短編らしき物語が三つ入っていた。

 レジに持っていって制服のエプロンをかけた店員に手渡す。

「四八六円です」

 留美は小さなトートバッグから財布を出して五〇〇円硬貨を出して店員に払った。

「ありがとうございます」

 留美は本を買うと本屋を出て駅ビルの出入り口へ向かう。駅ビルの中は本屋の他にも、ブティック、カフェやファーストフード店もあり、今は飲食店で涼んでいる客が多い。留美は駅ホームに出ると、クーラーで冷える場所から熱気の漂う空間に出たために体がびくついた。

 駅のホームは夏休みでも親戚の家へ遊びに行ったりテーマパークへ出かける人が多いため、賑やかで騒がしい。

「家に帰って本を読んでおかなきゃ」

 そう呟いて家のある方角へ歩いていった留美だが、一人の人物に声をかけられる。

「あっ、真魚瀬じゃねーか」

 自分の苗字を呼ばれたので顔を上げると、そこに制服の白いシャツとオリーブグリーンのスラックス、エナメルのスポーツバッグを肩に提げた神奈くんが立っていたのだ。

「あっ、神奈くん……」

 留美は神奈くんを見て立ち止まる。数日前、海神神社の祭りの帰り、神奈くんは兄と幼なじみの鈴村史絵という女の子と一緒にいたことを思い出した。

「ああ、神奈くん。もしかして部活の帰り……?」

 留美がおそるおそる神奈くんに声をかけると、神奈くんは軽く答える。

「ああ、そうだよ。真魚瀬は?」

「読書感想文の本を買いに……」

 留美が返事をすると、神奈くんはこう言ってきた。

「真魚瀬、これからカフェに行かないか? この間、財布を届けてくれた礼として」

「え、いいよ。お礼なんて……」

 留美が遠慮すると、神奈くんは気にせず勧めてくる。

「いやいや、今のうちにお礼しておきたいんだ。真魚瀬のおかげで、おれは兄貴や史絵から金を借りずに済んだんだから……」

 それを聞いて留美は理解する。

「ああ、じゃあ行こうか……」


 留美と神奈くんは駅ビル内のカフェに入り、二人がけのテーブル席に座り、留美はレモンスカッシュ、神奈くんはアイスティーを注文する。駅ビルのカフェはダークオークの壁と床、モダンなテーブルと椅子とカウンター席、窓からは電車のホームと線路と周囲の建物の景色、カフェの客も婦人仲間や作家らしき男が来ており、カフェのBGMも緩やかな調子の曲である。

「あの、さ……」

 留美はレモンスカッシュを一口すすった後に、神奈くんに尋ねてくる。

「鈴村史絵さん、って本当に幼なじみなの?」

「え? ああ、おれと史絵は同じ小学校に通っていたから」

 神奈くんは留美に史絵のことを話してきた。

「だけど史絵が小学校卒業と同時に父親の転勤で台湾に引越しして三年間はそこで過ごしていたんだ。他にも友達がいたけれど、おれも史絵の文通仲間として、手紙でやりとりしてたんだ」

「それで今年になって、日本に戻ってきたの?」

 留美が史絵の帰国を質問してくると、神奈くんはこう答える。

「史絵がおれの近所のマンションに引越ししてきたのは祭りの日より二日前だよ。引越しの片付けが終わってからあいさつに来たんだ」

「ああ、それで町の案内としてお祭りに来てた訳ね」

 留美は祭りの日に神奈兄弟だけでなく史絵も連れてきていたことに理解する。

「史絵さんって、秋になったらその……保波高校に通うことになるのかな……」

 留美は史絵の編入先のことが気になって呟くと、神奈くんが返事をする。

「史絵の学校? ああ、まだ探している途中だよ。どこに編入するかおれも聞いてないし」

「そう……」

 留美はそれを聞いてレモンスカッシュをまたすすった。

「真魚瀬ってさぁ、高校入学してきた頃、何ていうか無愛想っていうか、浮いている感じで近寄りがたい子だなー、って思ったんだよ。

 だけど一ヶ月後にはちゃんと友達ができて良かったって安心したんだよなぁ」

 神奈くんは入学した時の留美の第一印象を語ってくると、留美は苦笑いをする。

「あ……そうなの」

 それは留美が妖精界(ミスティシア)では優秀さのゆえに飛び級していたために同世代の妖精からひがまれていたのが慣れていた経験で、人間界の子からこう見えたのだろう。

「けど今はこうして話し合っているしな。おれ、そろそろ行くわ。勘定はおれが払うから」

 そう言って神奈くんは席を立ち上がって留美と別れた。

「ああ、またね……」

 留美は神奈くんを見送る。妖精界(ミスティシア)にいた時は歳の近い男の子とは親しくしたり話すことがなかった留美だったが、人間界暮らしが長いとこんなに変われるものだろうかと思った。


 海神駅のホーム。瑞仁は各駅停車で降車し、他の乗客と共に改札口を出た。海神駅は保波駅よりホームは小さいが、キオスクと待合室ぐらいならある。

 瑞仁が駅の出入り口へ歩こうとすると、一人の少女が瑞仁の前に現れる。額出しのショートヘアに釣り目、小高い背に細身、襟と裾が白い黒のノースリーブワンピースに爪先を覆うミュール。

「何だよ、史絵か」

 瑞仁は少女を見て呟く。

「何だよはないでしょ。折角迎えに来てあげたというのに」

 史絵は愛想をつかれたことに腹を立ててむくれる。

「お節介だ。おれたち高校生なんだから、こういうのはやらなくていいだろ」

 瑞仁は史絵の行動に恥ずかしがって駅を出ようとした。

「ちょっとー、クラブが終わったらすぐ帰ってくるって言ったのに、何で三〇分も遅れたのよ!?」

 史絵が瑞仁につっかかってくると、瑞仁は唸りつつもこう返事をする。

「学校の友達と保波駅のサ店で飲んできたんだよ。それだけだ」

「ふーん。それで遅れたんだ。連絡の一つくらい入れてよね」

 史絵は口を尖らせる。

「はいはい。次からはそうする」

 そう言って瑞仁は早足になる。

「ちょっと、瑞仁。帰りくらい、わたしに合わせて歩いてよね」

「何でよ」

 史絵が早足で帰宅する瑞仁を追いかけてきた。


 その日の夜、留美は自宅の風呂場で人魚姿で入浴していた。が妖精界(ミスティシア)の住民が人間界で人間姿になる時は変化自在法の術を使ってすごすが、これはあくまで仮の姿であり、人目につかない時と場所で妖精の力を浪費しないために本来の姿に戻る。

 神奈くんとカフェでドリンクを飲んだ後、留美は神奈くんの様子を思い出していた。

(神奈くんは史絵さんと幼なじみだと言っていたけど、史絵さんは神奈くんのことをどう思っているんだろうか……)

 祭りの夜の保波駅で史絵と初めて出会った時、史絵から見た自分はどんな風に見えたのか気になった。見下していたようにも見えたし、敵視しているようにも見えた。一方で留美は神奈くんのことは同じ高校のクラスメイトでバスケット部員で英語と数学が苦手という位しかわからないし、史絵は神奈くんの幼なじみでそれ以上はわからなかった。

(史絵さんって何かモテそうなイメージなんだよね)

 留美は史絵の印象が浮かび上がった。美人で勉強もできてスポーツも家事も得意そう……。そして世渡り上手で周りから尊敬されていそうな気がした。留美はそろそろ湯から上がることにして桃色の髪の人魚姿から茶色の髪の人間姿になって浴槽から出て脱衣所でタオルで体の水滴をぬぐってノースリーブのネグリジェを着る。

「読書感想文の本を読んでおかないとね」

 留美は自分の部屋に入って机の上の文庫本を手に取って続きを読む。

『アフター5の女学生たち』はイギリスで読まれている少女小説で、夕方五時にナイトクラブに出かけていった女子高生三人の騒動をえがくという物語である。

 人間でいう十五歳で、しかも夕方五時前後は家にいるか帰りのバスに乗っているかの留美には少しばかり難しい設定であったが、原稿用紙八〇枚ほどの短編のため、読む時間はそんなにかからなかった。夜は昼と違って涼しく風も吹いているため、ベランダのカーテンが軽く翻る。

 本を読みだしてから留美は壁の時計が十一時十五分前になっていることに気づいて、そろそろ寝ることにした。

 ベッドは脚付マットレスで薄手のカバーをかけており、夏の今はタオルケットをかぶって寝ていた。留美はベッドに横になると電灯を消して更に変化自在法を解いて人魚の姿に戻った。林間学校の時は人間姿のままで寝ていたけれど、家では夜の間は誰も見ていないから人魚の姿でいられるので問題ないのだ。


 地上より地下数百メートル下にあるヨミガクレの本拠地。女王のいる玉座は常に白い布で囲まれており、行灯で照らされている火は青白く女王のシルエットがうっすらと映るだけであった。周囲にはタケモリ、ハガネノ、サキヨミの幹部が立っていた。

「サキヨミも自分が生み出したヤドリマをアクアティックファイターに倒されるとは……」

 中音の女王の声がサキモリに向けられる。

「もっ、申し訳ありません。わたくしの占いは当たり外れが半分ずつでして……」

「占いに頼るのは腰抜けのすることだ。戦いに必要なのは戦略だ」

 タケノモリがサキヨミに向けてきつく言ってきた。

「女王様、次はおれに行かせてください。妖精たちを倒すには武力です」

 ハガネノが女王に懇願する。その時、洞の一ヶ所から頭が深緑の勾玉で灰色の装束姿の人間が出てくる。勾玉頭には黄褐色の双眸と口が付いている。

「お主たち、妖精たちを早く倒したいのなら、占いでも戦略でも武力でもない」

 勾玉頭の幹部はタケノモリたちに言ってきた。その幹部の台詞を聞いて女王が尋ねてくる。

「ほう? ならばお前の特技でやってみるがいい」


 保波市のあるマンションに住む幼い兄妹の共働きの両親が朝七時を過ぎても起きてこないので、両親の寝ている部屋に入ってくる。

「パパ、ママ。七時を過ぎているよ。朝ご飯どうするの。会社にも遅れるよ」

 兄が父母を呼ぶが返事がなく病気になったのでは? とドアを開けると兄妹の両親は半身を起こして瞼を開けていたが無表情で精気がなかった。

「パパ……ママ……!?」

 妹が両親の異変に気づいて近所の大人たちに助けを求めたが、子供のいる世帯の大人たちはみんな無表情で動かないまま目を開けているという状態になっていたのだ。

 何十組かの親は病院に運ばれて検査を受けたが、原因はわからず幼い子供たちは両親の異変と不安に陥った。

 この事件から五日目のこと、今のテレビで原因不明の病気になった親たちの異変を知った留美たちはヨミガクレの仕業ではないか、と思った。幼い子のいる親たちの異変は主に保波市の都心住宅街で発生したからだ。他の地域ではあまり耳にしない。

「どうしますか、ルミエーラ様?」

 ブリーゼが尋ねてくると、留美は答える。

「うん、事件が起こった場所を調べに行ってくるよ」

 その日の昼、留美は事件現場の十階建てマンション『ブリス・ドゥ・メール保波』の前にやって来た。『ブリス・ドゥ・メール保波』は焦げ茶色のレンガブロックにモダン調の鉄柵が特徴的で、家賃は毎月七万五千円という高めの賃貸住宅である。

『ブリス・ドゥ・メール保波』の周囲は公園とこじゃれた店の並ぶ道路。留美は日差しでバテないように麦わら帽子をかぶり、更に水筒を持参していた。留美はマンションの周囲を歩き回ってヨミガクレの気配がないか探知していた。

 するとマンションのエントランスホールから小学五年生と二年生くらいの兄妹が出てきて、兄妹は買い物用の布バッグを持ってしょんぼりしていた。

「あ、あのう」

 留美は兄妹に声をかける。兄妹は留美を見て警戒するも、留美に聞き返す。

「な、何ですか……?」

「ここのマンションに住んでいる大人たちっていつから仕事にもいかず家の中のこともしなくなったの?」

「え、えっと八月二日ぐらいから……」

 兄は留美に言った。

「パパとママが動かなくなって何も言わなくなってお仕事先にも行かなくなったから、わたしとお兄ちゃんですぐ食べられる物を買いに行ったり、洗濯も掃除もわたしとお兄ちゃんがやってるの……」

 妹はくすん、としだす。

「お父さんとお母さんが何もしなくなって、ぼくと妹は友達の家やプールにも行けなくなって、夏休みの宿題も家でやれるものしかできない。もし夏休みが終わっても、お父さんたちが戻らなかったら……」

 兄が不安になると、留美は兄妹に言った。

「大丈夫よ。お父さんとお母さんは前みたいに働けられるようになるよ。安心して」

「ホント?」

 妹が留美に訊く。

「うん。約束よ」


 そして夕方になって留美は歩歌と法代も呼んで『ブリス・ドゥ・メール保波』の近くにやって来た。

「ここに住んでいる親たちが何もしなくなったのはヨミガクレの仕業で、お父さんとお母さんが何もしなくなった兄妹を助けるために、ですか……」

 法代は留美の話を聞いて肩をすくめる。

「でもヨミガクレの気配はなかったんでしょう? なのにどうしてわかるの?」

「そ、それは……」

 歩歌に訊かれて留美が答えようとした時、マンションの屋上の端から人影が一瞬だけ見えて引っ込んだのを三人は目にした。しかも気配を感じた。

「二人とも、屋上に行くよ!」

「え!? わたしや歩歌さんはこのマンションと関係ないし、第一どーやって……」

 留美に言われた法代が言うと、留美は真顔で答える。

「階段で全速力で!!」


 留美・歩歌・法代は『ブリス・ドゥ・メール』の中に入り、しかも十階分を階段で昇って、マンションの屋上に立ち入ってきた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 三人とも息を切らして汗だくになっており、待ち伏せっていた者が留美たちを見てニンマリと笑う。

「来たか、妖精たちよ」

「ええ、来たわよ……。あなたなんでしょう。ここの住民をおかしくさせたのは……」

 留美は屋上にいた者――頭が勾玉で目と口が付いていて、胴体は灰色の装束をまとった人物に声をかける。

「わたしはヨミガクレの呪掛玉継(マジカケタマツグ)。いかにも、この建物に住んでいる大人たちはわたしの生み出したヤドリマが起こした」

 マジカケは留美たちに教える。

「親たちが何もしなくなって、子供たちは困っているのよ。あんなに幼いのに辛い目に遭わされていて……」

 留美はマジカケに怒りの目を向ける。

「そうなると留美ちゃんの意見に賛成ね」

「夏休みの思い出を暗いものにはさせない!」

 歩歌と法代も親たちが何もしなくなって、勉強だけでなく家事や親の世話をやる羽目になった子供たちのことを聞いて、マジカケに立ち向かう。

「ライトチャームよ、わたしをアクアティックファイターに変えて」


 留美・歩歌・法代は首にさげていたチャームに祈りを込めて、淡紫・純白・緑の光に包まれて、光と同じ衣装をまとったアクアティックファイターに姿を変える。

「ほう。ではお主たちの実力を見せてもらおうか」

 そう言ってマジカケは指を鳴らすと、マンションの壁から何十体ものの虫のようなヤドリマが這うように出てきて、屋上に揃い踏む。円いアンテナに骨組みが虫の胴体と脚になっている。

「アンテナをヤドリマに変えたのね……」

 留美は二〇体はいそうなヤドリマを見て呟く。

「あっ、もしかしてこのヤドリマの出す電波で子供のいる大人たちを無気力に変えてしまったのでは!?」

 法代がヤドリマの元となった道具とその性能を察して口に出した。

「ふふふ、当たりだ。このアンテナという道具から発せられる波動によって、人間たちを思いのままに操ってきた。多くの人間が暮らしている場所が手頃な試験場だった」

 マジカケが説明すると、留美と歩歌はそれを聞いて怒りつつも、何もしなくなった親を持つ子供たちの寂しさや不安をぶつけた。

「親が何もしなくなったら、子供は家事や勉強といった負担が大きくなるというのに……」

「子供は自分を養えるようになるまで大人を頼るしかないというのに!」

 留美と歩歌の言葉を聞いて、マジカケはこう述べた。

「この時代の子供たちは文明や文化の発達に伴って、義務をやろうとしない。甘やかされすぎだ。親の苦労を子供にも背負わせることの何が悪い?」

 マジカケは手を上げるとヤドリマに合図を送り、アンテナヤドリマは留美たちに襲いかかる。留美は水泡のつぶてをぶつけるマーメイド=アクアスマッシュ、歩歌は音符型のエネルギー攻撃を放出するセイレーン=ビューティーサウンド、法代は海藻型のエネルギー波動を発するウィーディッシュ=エナジーウェーブをそれぞれヤドリマに攻撃する。

 アクアティックファイターの攻撃を受けたヤドリマは次々に倒されて呪符が剥がれて、次々とパラボラアンテナに戻っていく。

「これがお前たちの実力か。今回は大目に見てやろう。さらばだ」

 マジカケは夕闇に呑まれるように姿を消して去っていった。


 ヤドリマが倒されると、『ブリス・ドゥ・メール保波』の子のいる親たちは座ったままの無表情から次第に穏やかな表情になって立ち上がる。

「あ、あれ。ここで何やってんだ?」

 留美と知り合った兄妹の父がハッとなって自分の意へのベッドルームにいることに気づく。

「パパ、ママ。元に戻ったんだね!」

 母に代わって洗濯物をたたんでいた兄が両親の様子を見て喜ぶ。

「パパ、ママ。二人が何もしなくなってから、わたしとお兄ちゃんがご飯を作ったり掃除したり洗濯やったりしたんだよ」

 妹が五日間の出来事を両親に教える。

「あら、そうだったの。そういえば仕事先にも行ってなかったし、ごめんなさいね。苦労をかけちゃって……」

 兄妹の母は子供たちに謝る。


 留美と歩歌と法代は紫と橙に染まった夕闇空の下、自分たちの家へと帰っていって、留美は『ブリス・ドゥ・メール保波』の親たちの無力化はヨミガクレの仕業だったとブリーゼとジザイに伝えた。

「人間たちの生活文化や様子を利用してヤドリマを出して混乱を起こす……。これからもっと気をつけなければなりませんぞ」

 ジザイが留美に注意をかけてくる。

「あと今回の事件の被害者は子のいる親たちで、子供は勉強だけでなく母親に代わって家事をやっていた、っておっしゃってましたね。ルミエーラ様……」

 ブリーゼが目を研ぎ澄まして留美に言ってきた。

「ルミエーラ様には買い物だけでなく、洗濯や室内掃除や皿洗いといった家事を教えておきましょうか」

「そんなぁ〜」

 それを聞いて留美は愕然とする。勉強が得意な反面、家事が極端に苦手でずっと母やブリーゼにやってもらっていた自分に夏休みの宿題以外のやるべきことの負担に落ち込んだのだった。