6弾・1話 大型連休の旅行



 茨城県の南部の田舎道を走るバスの中に地元民にまじって七人の中高生の男女が奥の方の席に座っていた。

 茨城県の田舎町は田んぼが多く、農家の人が耕運機を動かして稲を植えたり、果樹園では女の人たちが柑橘類やリンゴを収穫していた。

「随分と遠くまで来ちゃいましたね」

 眼鏡をかけた男子高生、深沢修(ふかざわおさむ)が自分の住んでいる町をはじめJR保波駅から北へ移動し、新松戸駅で茨城県とつながる私鉄電車に乗り換えて、目的地のある別荘の最寄り駅で降車して更にバスで四〇分の移動となっていた。

 後部座席の一つ前の二人掛けの席にセミロングウェーブの少女と長身に端整な顔立ちの少年が座っていた。

「田所が催した別荘の宿泊会だから、おれや深沢も誘われるなんて思ってもなかったから……。てっきり女子だけかと」

 セミロングウェーブの少女の隣に座る少年が少女に言った。別荘の宿泊会の主の田所郁子(たどころいくこ)は後部座席の真ん中に座っていて丸顔にショートボブの小柄な少女であった。郁子の隣にはセミショートヘアの垂れ目の少女、長い髪を後ろで一つにまとめてエスニック系の服の少女、反対側の左の窓側には長い髪をストレートに下した小柄な少女が窓の景色を眺めていた。そして後部座席の左の二人掛けの席に深沢修が座っていてスマートフォンで地元情報を検索していた。

「でも、たまにはいつもと違う面々で出かけるのもいいわよ」

 セミロングウェーブの少女が隣の少年に言った。セミロングウェーブの少女紫のリボン付いたフレアハットにライラック色のワンピースに白いメッシュのベストの服装で、少年は半袖のダンガリーシャツとベージュのTシャツに黒いジーンズのラフな服装だった。

 バスは山道に入り、緑のトンネルのような木々のある道路は木漏れ日が入り街中や田んぼとは違った趣(おもむき)を出していた。

『次は山合村(やまあいむら)、山合村。お降りの方はブザーを押してください』

 バスのアナウンスが次の停車場を伝えると、郁子は「ここだよ」と仲間に言い、一つ結わえにエスニック服の少女が急いでブザーを押した。バスは停車して七人は荷物を持って降車した。

 降りた先は山の中腹に造られた村で、二階建ての民宿や食事処も兼ねている土産物屋、瓦屋根や木板などの古風な造りの家屋が多く、他にも蕎麦屋や野菜などを売る地元スーパーもあった。

「駅から随分と離れているとはいえ、辺鄙な場所だな」

 一つ結わえにエスニック服の少女が郁子の別荘がある山の集落を目にして呟く。今は春の大型連休ゴールデンウイークとはいえ、学校や職場が休みの人は自分の住んでいる場所とは違う場所に出かけたくなるものだが、それは地方の観光や遊園地、映画館などのレジャー施設のことを指すが、田所郁子の別荘がある茨城県の集落はそんなに少なくなかったが、観光客は来ていた。主に登山しに来た人や温泉を利用しに来た老人ぐらいで。

「まぁ、山合村は人口一五〇人の小さな地域ですからね。村の住民は自然の豊かさをアピールすることで客を集めているのでしょうし」

 深沢くんが山合村の情報を他のメンバーに教えた。

「それで郁子ちゃん、別荘はどこにあるの?」

 セミロングウェーブの少女が郁子に尋ねてくると、郁子は教える。

「ここのバス停を上っていって左の道路の高台にあるよ。もうすぐお昼になるから行こう」


 郁子の別荘は山合村の入り口のバス停から歩いて一〇分の所にあった。といっても坂下から行く道のりでの計算で。別荘から道路に出る時は下り坂になるから四分で着いてしまうのだ。山合村では椎や楢、楠などの多くの木々が自生し、草花も道路の隙間からタンポポやスミレ、道脇の地面からも野生の菜の花やアヤメなどが咲いていた。

 坂道はそんなにきつくなかったが、何分も歩いていると息切れが出てくる。特に一番若いストレートロングの根谷法代(ねやのりよ)は運動が苦手だから、時々躓きそうになるのだ。

「ちょっと大丈夫か?」

 一つ結わえにエスニック服の朱堂炎寿(すどうえんじゅ)が法代に声をかけ、他の面々も法代を目にする。

「へ、平気です。わたしのことはいいから先に……」

「いや、それはやりたくないよ。法代ちゃんは休みながら行った方がいいよ」

 セミショートヘアに白いコットンパーカーをはおった宇多川歩歌(うたがわあゆか)が法代に言った。

「しゃーねぇなぁ、おれがおぶってやるよ。誰か、法代の荷物を持ってくれ」

 長身に切れ長の目の少年が法代をおぶさろうとして体をかがめる。

「え、いいですよ。ケガした訳じゃないのに恥ずかしいし……」

 法代が少年に言うとセミロングウェーブの少女が道端にある太めの長い枝を見つけた。

「これを杖にすればいいじゃない。杖を使えば負担が減るよ」

「あ、そうします。ありがとう、留美さん」

 法代はセミロングウェーブの少女、真魚瀬留美から木の枝の杖を受け取ると、杖をつきながら上り坂を歩いていった。

 上り坂を歩いていって、高台の別荘にようやくたどり着いた。田所郁子の別荘はベージュの板壁にネイビーブルーの切妻屋根にテラスや庭もある民家出会った。

「ようやく着きましたね」

 深沢くんが田所家の別荘を目にして言う。

「もう十二時半だ。先に着いているお姉ちゃんが昼食を作ってくれてるよ。入ろう」

 郁子がみんなにそう言うとダークブラウンの玄関戸を開けて別荘の中に入った。

「お姉ちゃーん、来たよー」

 すると郁子の声に応えて台所とおぼしき部屋から青いチェックのエプロンを着た郁子に似た赤ぶち眼鏡にセミロングの髪を後ろでくくった女性が姿を見せる。

「郁子、よく来たわね。みなさんもいらっしゃい。ようこそ、田所家の別荘へ」

 郁子の姉で大学二年生の田所芹子(たどころせりこ)が留美たちにあいさつする。

「初めまして、神奈瑞仁(かんなみずひと)です」

「深沢修といいます」

「真魚瀬留美です、初めまして」

「朱堂炎寿、初めまして」

「根谷法代です。初めまして、よろしくお願いします」

 初めて芹子に会う面々は一人ずつあいさつする。歩歌は中学生の頃から芹子と会っているので、違うあいさつを交わした。

「芹子さん、お久しぶりです。お泊まりの期間よろしくお願いいたします」

 全員の芹子へのあいさつが終わると、芹子はみんなに言った。

「みんな来てくれてどうもありがとう。もうすぐお昼が出来上がるから上がってちょうだい」


 昼食は大勢が食べられるように一階の和室の八畳間で食べた。薄黄色の壁に木の棚が設置され、押入れには布団が入っていた。正方形のこたつテーブルと長方形のちゃぶ台には食パンやバゲットの薄切り、レタスやトマトなどの野菜にハムや薄切り牛肉にゆで卵、ツナやオイルサーディンにイチゴなどの果物、バターやマヨネーズの調味料もあるオープンサンドだった。飲み物も水差しに入ったストレートティーとウーロン茶。

 みんな畳の床に座って芹子が用意してくれた昼食を食べた。法代なんかはオープンサンドの具で花やらウサギの顔を作ってかじりつき、深沢くんと神奈くんは女子の方が多いけれどこんな集まりも悪くないと語り合っていた。

 昼食を終えると郁子と歩歌が芹子の後片付けを手伝い、他の面々は自分たちが泊まる部屋の掃除や荷物置きをする。郁子の別荘は風呂場とトイレと台所と田所姉妹が寝る和室の八畳間が一階、二階は六畳の和室と四畳間の洋間が二つで、洋間の一つは神奈くんと深沢くんが使うことになった。洋間は小型のカウンター机と椅子、床に木製ベッドとロフトベッドとクローゼットがあってロフトの下には窓があり窓から山合村の家々や森や道路の景色が見られるようになっていた。

 炎寿と歩歌と法代が使う和室は布団の押し入れと壁棚、六枚の畳が床に敷かれていた。二階の残った洋間は留美一人で使うことになった。留美は三日分の着替えと寝間着をクローゼットにしまい、床のベッドで手足を伸ばして横になった。

「これからどうしようかな……」

 留美はたった一人の部屋でくつろぎながら呟いた。するとコンコンとドアを叩く音がして留美は思わず跳ね起き、「誰?」と尋ねてくる。

「失礼するぞ」

 ドアが開いて中に神奈くんが入ってきた。「か、神奈くん。何か用?」

「まぁな。深沢は勉強やり出しておれはテキストを家においてきちまったから勉強しようと考えてなかったし、折角遠出の旅行に来てしかもいい天気だから家の中にこもってゲーム機で遊ぶのもなんだし、どうせなら夕飯まで近くを歩いてみようと思って真魚瀬を誘いに来たんだよ。今なら二人きりでいられるし」

「ああ、そういやそうよね……」

 留美も神奈くんの意見を聞いて納得する。留美と神奈くんは交際していた。高校入学時はせいぜい同じクラスの者同士としていくと思っていたが、留美が生まれ育ったギリシアから日本に帰国して住むようになってからは次第に神奈くんと顔を合わせる回数が多くなっていた。留美は気づいた。自分は神奈くんが好きなのだと。神奈くんの幼なじみの女子が出てきたり、留美に思いを寄せてきた別の高校の男子が現れたりとの問題も出てきたけれど、三ヶ月前のバレンタインの日に留美は苦手な料理を頑張ってチョコカップケーキを神奈くんに渡した。返事はだいぶかかってきたけど、神奈くんも留美が好きなのだと伝えたのだった。

 留美と神奈くんは田所家の別荘を出て、夕方まで近くを歩くことにした。山の中腹の村はカラや山鳩などの野鳥の鳴き声が聞こえ、木の枝が風で揺れてわさわさと音がした。

「連休はクラブがなくて良かったね」

「ああ。おかげで真魚瀬といられるようになったしな。しかし、田所ってお金持ちのお嬢様だってのはあまり知らなかったし」

「うん……。郁子ちゃんは家が建築デザイン会社で収入もあるし」

 留美と神奈くんは別荘の道路を下って表の店や宿のある道路を出た。土産物屋には店頭にカエル饅頭やカエルのキーホルダーなどが置かれ、食堂も兼ねている民宿には店内で菓子やお茶を注文して食べている登山者や観光客がいた。

「にしても田所の別荘のある村とはいえ、流石に見学できるとこ少ねーなー。自然があって空気がうまいのはともかく」

「ねぇ、あそこに本屋があるよ。そこで地元案内の雑誌とか買えるじゃない?」

 留美は並列している店の一つを神奈くんに教える。本屋は毎月毎週の雑誌を中心に仕入れており、他には地図や問題集や資格書とメジャーな漫画の単行本が置いてあるだけだったが、神奈くんは観光客向けの地元情報誌『アウトウォーク』を購入した。『アウトウォーク』は厚さ五ミリ大きさはB6判のカラー数枚モノクロ大方の雑誌で値段も二〇〇円と安価であった。神奈くんと留美は店を出ると、山合村とその近くの地図と情報を探す。今はスマートフォンのインターネットで情報を強いられる時代だが、それだけでは物足りない詳細もあるため地元情報誌が役に立つこともあるのだ。

「おっ。山合村の上りのバスを越えた先に『霧ノ里(きりのさと)ニュータウン』ってのがあったぞ。明日二人でそこに行こうや」

「いいの? 二人だけで?」

「いいんだよ。おれも真魚瀬もつき合ってんだから、知らない土地でのデートすんのは貴重だぞ?」

 神奈くんは明日は留美と二人で霧ノ里ニュータウンへ出かけようと約束してきた。留美も神奈くんも両想いだし、二年生になると別々のクラスになってしまううも、そうしようと決めたのだった。

 その留美と神奈くんが二人きりになっているのを遠くから見ている者たちがいた。別荘の二階の和室の窓から見ていた炎寿と歩歌と法代である。田所家の別荘の二階の和室は窓から道路側の景色を見下ろせるようになっていた。

「留美と神奈、思ってたより上手くやっているな」

 炎寿が二人の様子を見て呟く。

「でも一年前と違って留美ちゃんは変われたんだから」

 高一の秋までは留美と郁子と同じ保波高校の同じクラスだった歩歌が言う。歩歌は高校の文化祭でアマチュアバンドの歌手代行を受け、文化祭の見学に来ていた音楽プロデューサーの玉城五夢氏によって歌手のスカウトを受けて、歌手になるために芸能学校に編入して時々留美たちや中学生時代からの友人である郁子と出会っていた。

「二人とも上手くやっているのはいいことだけど、流石に遠くから二人の様子を見てるのははしたないんじゃ……」

 法代が炎寿と歩歌に言った。その時ノック音がして三人がびくつくと、窓から離れて炎寿が引き戸を開けた。目の前には郁子が立っていた。

「な、何か用か?」

 炎寿が郁子に訊いてくると郁子は三人に尋ねてくる。

「六時になったら夕飯作るんだけど買い出しに二人ほど行ってくれるよね?」

 それを聞かれて歩歌の法代が名乗り出る。

「じゃあわたし行ってくるよ」

「わたしも。今はもう坂道上りは平気だから」

 歩歌の法代が買い出しを承ると炎寿は郁子に言った。

「だったらわたしは夕飯作りに参加する。郁子のお姉さん一人だけだと手が刈るしな」

「ありがとう。それじゃあ、三人ともよろしくね」

 留美と神奈くんが別荘に帰ってくると歩歌と法代が買い出しに行こうとするのを目にした。二組はばったり対面するも、落ち着きを払って声をかけ合う。

「あ、お前ら。買い物に行くのか?」

「うん。わたしと法代ちゃんだけで大丈夫よ。夕飯作りは芹子さんと炎寿ちゃんがやってくれるから、留美ちゃんと神奈くんは皿洗いをお願いね」

 歩歌は留美と神奈くんにそう言うと地元スーパーヘ行くために法代と共に去っていった。

「なぁ、真魚瀬、おれとお前、夕食後の皿洗いを言い渡されたけど、やれっか?」

神奈くんに訊かれて留美は答える。

「うん、まぁ……。日本に来てから皿洗いと掃除と洗濯関連はやれるようになったから……」

「そうか。勉強やスポーツや歌やダンスは得意でも、家事下手だもんな。まぁ、真魚瀬が苦手なとこはおれが補ってやるから」

「ありがとう」

 留美は神奈くんの言葉を聞いて胸をなでおろした。


 夕飯は芹子と炎寿が作ってくれたキノコピラフとツナ卵サラダとコーンポタージュとアスパラガスのベーコン巻きを食べた。誰もがいつも家族と食べている時とは違った味わいであった。夕飯を食べ終えると食器を台所の流し台へ運んで留美がスポンジで流水で濡らした皿や器をこすって汚れを洗い、神奈くんが留美から食器を受け取って布で水気をぬぐって金属かごの中へ入れる。

「真魚瀬、去年の林間学校と違ってちゃんと洗えているじゃないか」

「うっ、うん。やっぱし家事が出来るようになった方がいいよね」

 高校二年に入ってから留美はいつも家事をやってくれる母や従姉妹の炎寿の負担を減らすために家事をやろうと決めた。買い物は去年からやっているけど、洗濯物を畳んでアイロンがけをしたり、食器や魚を焼いた後のグリルを洗ったり、床板の雑巾がけや畳部屋の掃除、休日のゴミ出しなら出来るようになった。料理や裁縫といった女のたしなみにもなるものは相変わらず苦手だったが。

 留美と神奈くんが皿洗いをしている時は深沢くんが風呂掃除と湯張りをしてくれた。別荘は自動お湯だき機能がないのでお湯の量と温度に気を付けてやった。

 入浴は芹子、郁子の順に入り田所姉妹が入浴中の間は留美たちは二階の和室で歩歌が持ってきたトランプで七並べやババ抜き、神経衰弱を過ごしていった。

 みんなでトランプをしていると湯上りにパジャマ姿の郁子が和室にいる人に呼びかけてきた。

「お風呂だれか次入って」

 郁子に呼ばれてトランプをやっている面々はどうしようかと手を止めると、留美が立ち上がって応えた。

「わたし入っていいよ。今日いっぱい歩いたから体洗いたかったし」


 留美は一階の風呂場へ行くとバスタオルと替えの下着とパジャマを脱衣所の入り口前において服を脱いで、タライでタイル張りの浴槽の湯を体に二、三ヶ所かけてから浴槽に入った。

「はぁー、水に入ると生き返るわぁ」

 浴槽に入った留美は髪が背中まである薄紅のウェーブヘアになり、眼も薄紫になり、下半身が薄紫のヒレと鱗の姿になったのだった。

 実は真魚瀬留美は人魚で人間の姿は変化自在法という術を使っている時で、人魚が本来の姿なのだ。

 本名もルミエーラといって、人間姿の時の真魚瀬留美は人間界の日本にいる時の名前であった。

 妖精の世界、ミスティシアの東の海の中にあるマリーノ王国の出身で、自分の国が一度悪者に乗っ取られ、ルミエーラの両親や女王たちも捕虜となってしまった時にルミエーラは父母に仕える不思議生物のブリーゼとジザイと共にマリーノ王国から逃げて人間界の日本国に避難して、人間界の高校生となって過ごすことになった。悪者たちは倒されマリーノ王国は現在、平和を取り戻したが留美は人間界で学業を受けることになったのだった。

 留美は入浴を終えると再び二本脚に栗色の髪と眼の人間になって水気をぬぐってパジャマに着替えたのだった。

 留美が入浴を終えるとまだ入っていない面々が次々と入浴していった。こうして先に寝入った芹子を除いて留美たち七人は二階の和室でトランプをしていたが、流石に十一時に近づくと眠気が出てきて寝ることにしたのだった。

 神奈くんと深沢くんは洋間の二人部屋に戻り、留美ももう一つの二人部屋に戻って寝入ったのだった。

 留美は明日着る服をベッドの近くに置くと、カーテンを閉ざして布団に入り眠りについた。留美は一人なのをいいのに入浴時と同じ人魚の姿になった。変化自在法は長続きがもたないので、留美は寝ている時だけ人魚に戻ったのだった。

 その夜、留美は不思議な夢を見た。暗い空間の中で声がしてきて自分に呼びかけてくるのを。

「光の人魚、ルミエーラ……。聞こえますか? わたしはマダム=テレーズ……」

 その名を聞いて留美ははっなった。マダム=テレーズはすでに亡くなっていたが、ルミエーラが生まれた時に災いや困難に立ち向かう運命を担っていると占った人魚の占い師であった。

「マダム=テレーズ、お久しぶりです。あなたの導きのおかげで"巨悪"に立ち向かうための<進化の装具(エヴォリュシオン=ガジェット)>が見つかりました。それで今度は何なのですか?」

 留美がマダム=テレーズに尋ねてくると、マダム=テレーズは返事をしてくる。

「聞いて下され。もれからあなたたちに予想のつかない禍(わざわい)が出てくるでしょう。その禍を起こす者が"巨悪"なのです。ですが、何という名前でどんな姿かまではわかりません。

 わたしが伝えられるのはここまでです。どうか水妖精の勇士に勝利と栄光を……」

 そこでマダム=テレーズの声が消え、留美はその夢から覚めた。空は薄暗く日も出る前の時間帯だった。

「禍を起こす者が"巨悪"……」

 留美は右手首にはめられたリングブレスを見て呟いた。古代のマリーノ文字と紫の飾り石の金のブレスレットはルミエーラが以前マリーノ王国の大学に行った時に見つけた物であった。

 禍を起こす者に立ち向かうための<進化の装具>というが、その効果はまだ発揮されてはいないものの、マダム=テレーズの言葉を留美は信じたのだった。