6弾・10話 遂に揃った全員進化


  炎寿は町の人たちに気づかれないようにウミガメ姿のジザイを背負って『ベルジュール磯貝』まで運んでいった。この時炎寿はダンガリーの長袖に裾の広いシャツを着ていたのでダンガリーシャツを脱いでジザイを上から隠して、赤いダイダイ染めのTシャツにベージュのチノパンツの姿で町中を駆けていったのだった。しかし平坦な道はともかく、上り坂やマンションの上り階段はかなりの体力を使うため、炎寿は息が切れて動悸も激しかった。

 それでもようやく『ベルジュール磯貝』の四〇三号にたどり着くと、炎寿はブリーゼと留美にジザイの身に起こったことを全部話したのだった。

 ジザイは風呂場に運ばれ、留美が真水でジザイの冷えた背中をタオルでこすって凍傷にならないように手を施し、炎寿はタライにお湯を入れて自室で汗だくになった体を小さめのタオルでぬぐってから着替えて、ブリーゼが作った昼食を口にして空腹を治めた。ジザイを担いで動いたので空きっ腹で、一度に三人分も食べた。ブリーゼがすぐに用意しやすいようにと、冷凍の丼の具を出してきて牛丼と親子丼とうな丼を平らげた。

 やがてジザイの凍傷処置も済んで、ジザイは居間兼自身とブリーゼに寝室の和室で上半身裸の人間の姿で布団の中で横たわっていた。留美も食べ終えた後の炎寿もジザイの処置に疲れてベッドの上でぐったりしていた。

 人間の姿のブリーゼがジザイに白湯とショウガ入りの粥を作って、少しは体を動かせるようになったジザイからこれまでの経緯を聞いたのだった。

「わたしが岸尾徹治の父親がミスティシアの一種族かもしれない疑念を調べるためにミスティシアに数時間滞在してようやく彼の父親の種族が解明して、人間界に戻る途中だった。水の流れに中で冬のような冷たさを感じて振り向くと

白い女の人型のような影が現れたんだ。わたしはその女を見て『〈禍を起こす者〉の使いかもしれない』と察して、炎寿に伝えようとしたのだが奴は思っていたより素早く、わたしに冷気をかけてきた。……奴が炎寿ではなく、わたしを襲ったのは炎寿への挑発なのだろうか?」

 ジザイは首をかしげた。

「それはたいそうに……。ですが、あなたを襲ったのが〈禍を起こす者〉の使いならば誰もが単独でいると危ういでしょうよ。しばらくは家でも外でも二人一組で行動した方がいいでしょうしね」

 ブリーゼがジザイにその案を出してくると、ジザイは尤もだと言う様に

頷いた。


 その日の夕方、真魚瀬家は二人一組ずつ分かれて行動するようになった。ジザイと留美は家、ブリーゼと炎寿が『ベルジュール磯貝』近くのスーパーで買い物へ出かけることになった。

 レストラン数軒と同じ敷地にある『ピュアリーマーケット』で食糧やトイレットペーパーなどの必需品はブリーゼが数日ごとに分けて買い出しに行っているのだが、ジザイが〈禍を起こす者〉の使いに襲われたこの日は二人で家族四人分の必需品を一週間分買い込んで二人で運んで帰っていった。

 日曜日の夕方はたくさんの人々が来ているためレジ清算の待機もかなりかかってしまった。家に帰ると留美は自宅学習した後に洗濯物をしまったのはいいが、畳み方に苦戦しており炎寿が洗濯物を畳んでブリーゼが夕飯を作った。

 その日の夜、炎寿はいつも習慣にしている早朝ランニングは〈禍を起こす者〉の使いと出会うまでお預けにすることにした。

(岸尾はいつも顔を合わせるわたしがいないことに不慣れになるかもしれんが、一人でいたら今度はわたしが留美たちやブリーゼ殿やジザイ殿を不安にさせてしまうしな……)


 その日の三日後の朝、岸尾徹治は母親の負担を減らすための早朝の新聞配達に取り組んでいた。春と秋と冬の早朝は気温がすこぶる寒く、かなりの防寒対策をして作業しているが、夏に近づく今は薄手のアウターを羽織って出回っていた。

 五月の終わりの朝の始まり前は空が薄紫色で人も車もなく、徹治は新聞社から指定された担当地域の配達がもう数軒で終わる頃だった。瑠璃大橋と野辺川から離れた先の公園で彼は身震いし、冬を思わせるようなその寒さに襲われた。

「何……? いきなり悪寒が……」

 それから殺気を感じ、徹治の後ろに誰かがいることに気づくと背後には白い女の姿の幻か亡霊みたいなのが立っており、徹治は白い女の恐れに退くも丸腰になることはなかった。

「な、何だ君は……!? まさか君がこの寒さを発生させたのか……?」

 徹治は女に訊くも、女は徹治に向かって指先から氷柱を出してきて、徹治に飛ばしてきたのだった。徹治はこの危機を察するが、その時彼の身に思いもよらないことが起きたのだ。

 野辺川の水が一筋、徹治の方へ向かってきて更に徹治を守るように水のドームとなって、白い女が出してきた氷柱が水のドームとぶつかって、氷のドームがピキピキと凍って砕けたのだった。

「な、何でぼくに水が……?」

 徹治も自身の様子に何が何だかわからずにいると、右手でつまみ上げた氷の欠片が瞬時に溶けて水になり、更にナイフのような形になって徹治の手に納まったのだ。

「ええっ? 何でこれまた……」

 徹治が驚いていると白い女が徹治に迫ってきて自身の冷気で凍てつかせようとしてきたその時だった。徹治は水のナイフを振るって、白い女を斬りつけたのだった。

「うあああっ」

 白い女は右腕を徹治に斬られるも出血はせず、すぐに再生させて妙なことを口走ったのだった。

「お前も水の妖精に一人だったか……。だけど勇士までとはいかないようだったな。お前は侮れん」

「え……!? 水の妖精……?」

 徹治はそれを聞いてきょとんとなるも、白い女は朝の靄に溶け込むように消えてしまったのだった。


 その後徹治は配達を終えて、昼まで仮眠した。しかし目が覚めると自室のベッドから下りて居間兼母の部屋へ行って机や引き出しの中を調べたのだった。徹治の母親はこの時靴工場へ行っており、それからして押入れの中に陶製のつづらみたいな箱を見つけて引っ張り出して、中身を探ると父の遺品らしき物がいくつか出てきた。

 紅珊瑚と琥珀を数珠つなぎで出来たブレスレット、水晶の枠の小さな黄金比の鏡、生き物の皮らしい袋は巾着みたいに締めるようで中にはコインがいくつか入っていた。親指の爪ぐらいの青銅貨に一回り大きい銀貨に金貨に至っては丸ではなく角が円い正方形である。外国の通貨の種類はいくつか把握しているけれど、ヨーロッパのでもアメリカのでもアフリカのでもオーストラリアのでもない。何よりどの硬貨も貝や魚などの海洋生物の紋があり、多少汚れているけど鉄や鉛の入った偽金のような感覚はなかった。

 他にも見たこともない緑や紫などの貝殻、何かの繊維で出来た紙は硬貨と同じ模様の文字が書かれており、徹治は外国語学が得意でもこれは読めなかった。

「亡くなった父さんって一体どこの生まれなんだ……!?」

 徹治は自分の父親が人外で、自分にも人外の血が流れていると知ると頭を抱えた。


 徹治は午後に当てている三丁目のファーストフード店でのアルバイト中でも亡き父が何者なのかばかり考えていた。作業中のミスはなかったけれど夕方五時の退勤時にフラフラとして自宅のアパート『シェアハウス宿刈』のある方向ではなく、父が亡くなる前までに住んでいたマンション『ベルジュール磯貝』の前に来ていたのだ。

 我に返ってみると、周囲はマンションに入るか通過する会社員や大学生などの男女に景色は紫色と緋赤の空で西日が赤く揺らめき、パパーと自動車の群れが夕方の道路を埋めていたのだ。

「何で、ここに来ちゃったんだろう……」

 徹治がぼんやりしていると駅方面から来た白と青の車体のバスから二人のオリーブグリーンの金ボタンベストに白いセーラーシャツにからし色のボックススカートの制服の女子高生が降りてきて、その下ろしサイドテールの方がマンションの近くに立っている徹治を見つける。

「あれは……、おい岸尾!?」

 徹治は自分の名を呼ばれて反対側の道にいる少女に目を向ける。

「朱堂……さん?」


 留美と炎寿は岸尾徹治を連れて、四丁目と三丁目間にある小さな公園で徹治から話を聞いた。そこの公園は大通りを曲がった一車線のやや奥にあって、住宅三軒分の広さで四方に楠が植えられ、砂場と滑り台とジャングルジムとブランコと赤いプラスチックベンチが二脚と水飲み場とトイレのある平凡な公園であった。そこの東の楠の下のベンチで三人が座る。

「自分が何者か怖くなった、だと……?」

 徹治を真ん中に左に炎寿、右に留美が座り徹治はうなだれた様子で父の遺品と今朝の自分の身に起きた出来事を留美と炎寿に話したのだった。

「うん……。亡くなった父さんは人間の姿に化えた人外で、ぼくもその血を引いているとなると……何かぼくがぼくでないように感じるんだ。今朝の新聞配達の時だって、白い影のような女の人がぼくを冷気で襲ってきて、そしたらぼくの周りに水のドームが現れて……」

 徹治の話を聞いて留美と炎寿は徹治もミスティシア出身の水妖精の血を引いていると察すると、炎寿は徹治に訊いてくる。

「岸尾の父親はもしかしたら人間じゃなく別の種族なんじゃあ……」

 炎寿が言ったその時だった。突然肌寒い空気が流れてきて、更に三人の前に髪の毛から爪先まで全身白い女が現れたのだ。その女は肌が?のように白く眼は銀色で裾の長い衣に丈の長いスカートと白い平靴であった。美人の類だが冷酷に見えた。

「あ、あの女の人だ! ぼくの目の前に現れたのは?」

徹治が白い女を見て恐れおののき、炎寿が立ち上がって女に言う。

「お前か、岸尾を襲ったり、伯父貴(ジザイのこと)を苦しめたのは!」

炎寿が白い女の冷たい銀眼に自身の赤に近い眼を向けてにらみ合う。

(あの人はジザイを凍えさせて、岸尾くんを襲った〈禍を起こす者〉の使い……)

 留美も徹治も女の立っている周囲が次第に冷えてきて身震いさせるも、炎寿が留美に指示を出す。

「留美、岸尾を連れて逃げろ。奴の狙いはわたしだ。岸尾をなるべく遠ざけるんだ」

「わかった。岸尾くん、こっちへ……」

 留美は徹治を連れて公園から逃げ出し、炎寿は白い女と二人きりになる。しかも白い女から発せられる霧によって公園が外からは見えないようになっていた。

 炎寿は制服のシャツの胸ポケットから小瓶型ペンダント・ライトチャームを取り出して、念を込めて赤い光に包まれて瑠璃色のハーフアップに紅色の眼、赤と黒のロングスリットスカートの衣装に変わる。左足首には赤い宝石が付いた金色のアンクレットが煌めく。

 白い女は左手で息を流すように吐息が手裏剣となって炎寿に向ける。炎寿は指を弾いて火の玉をいくつか出して向けられてきた氷の手裏剣を溶かして、氷の手裏剣は火の熱で溶けて蒸発する。

 白い女はそれでも吐息を氷の手裏剣にして、氷の手裏剣は四方・八方・棒、更にはクナイの形になって炎寿に向けられる。炎寿は次々に指を弾いて火の玉を出してくるが次第に手が付けられなくなって、ライトチャームに念を込めて武器となる剣と盾を出して白い女の出す氷の手裏剣を防ぎ、剣に熱気を込めて

斬り倒そうとした。

 しかし白い女は炎寿の目に長い吐息を吹きかけ、炎寿はその冷たさにまぶたを閉ざしてしまい白い女は両手から炎寿の足元に氷を張って炎寿はまぶたを閉ざしているうえ、地面の氷で足を滑らせてしまい真後ろに転倒してしまい剣と盾も地面に落としてしまう。

「しまった……、油断した……!」

 炎寿は服にも肌にも氷が張り付いてしまい、手から熱で溶かそうとしたが手がかじかんで動けなかった。炎寿の視界が和らぐと白い女が右腕に冷気をまとって氷の刃に変えて炎寿に近づいてきたのだ。


 留美は炎寿に言われて徹治を連れて逃げるも、もうすぐ大通りに入る所で徹治が足を止めた。

「ぼくやっぱり、朱堂さんを見捨てられない」

「だけど岸尾くんに戦える力はないでしょう?」

 留美は徹治を止めるも徹治は留美に手を引かれるのを離して、炎寿のいる方向へと駆けていったのだった。

「岸尾くん!?」

 留美は岸尾くんに炎寿がミスティシアの妖精だと知られてしまったらと不安を募らせた。


 白い女が一歩ずつ炎寿に近づいてくる。炎寿は海底火山の水妖精の勇士でありながら、敵の技で反撃できずにいた。まるで氷が体力を吸うように。

(ここで万事休すか?)

 炎寿がそう悟った時だった。炎寿のことが気になって引き返してきた徹治が町中で暗がりの中に唯一白じんでいる場所に入ると、白い女が氷の剣を地面の氷だまりに張り付いている赤と黒の衣装の少女に目を向けて危機に陥っていると知ると、彼の中の水妖精の力が覚醒した。徹治の右の掌に水がまとい、徹治は右手首にまとった水を球状にして白い女に向けてぶつけてきたのだった。しかもその速度は時速五十キロを超えており、白い女は徹治の水の球を受けて公園の北にある三階建てビルの壁にぶつかったのだ。

「うわぁぁっ!!」

 氷に張り付いている炎寿も助けに来てくれたのが勇士姿の留美だと思って、水の球が飛んできた方向へかすかに首を動かすと、そこには徹治が立っていたのだ。

「き、岸尾!? 何でお前が……?」

 炎寿は変身しているのも忘れて徹治に声をかけてしまう。徹治は炎寿を見つけると、左手に水をまとって掌を向けて炎寿に穏やかな水流を向けてきたのだ。すると炎寿に張り付いていた氷が軽く溶けて炎寿は冷気で肌が痛むも立ち上がることが出来たのだった。

「岸尾、お前は一体……?」

 炎寿が尋ねるも岸尾徹治はいきなりの〈覚醒〉に疲れたのか伸びてしまう。すると白い女がのそりと姿を現し、炎寿に向かって毒ついてきた。

「うう……。男に助けられるとは、お前もやっぱり女の端くれだったか。だが男は動けまい。二人ともまとめて凍えてしまえ!」

 白い女は炎寿と徹治に向かって氷柱状の大きな槍を出して二人を貫こうとしてきた。だが炎寿はわずかに寒さを感じつつも、うつ伏せに倒れた徹治を守るように態勢をとる。

「ようやくわかったぞ。何故ジザイ殿や岸尾が狙われたかを。その二人、いやわたしにまつわる者たちが、わたしの大切なもので今の生活だったからだ!!」

 すると炎寿の左足首にはめられているアンクレット型の〈進化の装具〉が溶岩を思わせる緋色の光を発し、炎寿は緋色の光に包まれて白い女はその眩しさに目がくらんでしまうも、光が治まると進化を遂げた炎寿は立っていたのだ。

 瑠璃色の髪の毛と髪型は変わらないもの、黒い縁に右が一段で左が三段の白い袖に右肩出しの上衣にスカートは赤い地に白い炎型のフリルが付いたミモレ丈で白いリボンベルトに右が長くて左が短い黒いアームバンド、足元は黒い縁に赤いクロスストラップパンプス、頭には金色に赤い宝石が付いた三又のティアラが頂かれていた。左足首にはアンクレットが煌めく。

「わたしも進化を遂げられた……!」

 炎寿は自分の変化を見届けて安堵する。

「こしゃくな! ただ見かけが変わっただけだろう! 今度こそ二人とも凍れ!!」

 白い女は両の掌から渦状の吹雪を出して炎寿と徹治を凍らせようとしてきた。しかし炎寿が盾で自分と徹治の周囲に陽炎状の膜を張って相手の吹雪を溶かして蒸発させた。

「ならばこれでどうだ?」

 白い女は二人の真上に氷柱をいくつも出してきて落下させてきた。しかし炎寿が剣に炎をまとわせて全部真っ二つにしたかと思うと、次々に溶かして液状化させていった。

 白い女は炎寿の進化による強さに退いてしまう。炎寿が白い女に問いかけてくる。

「お前や今までの〈禍を起こす者〉は何者だ? 教えてくれれば見逃してやる」

 だが白い女は答える処か自ら炎寿の炎の剣に胸を突かれて、断末魔を上げながらボタボタと雪解けのように溶けていって水となって消えてしまったのだ。

 白い女が自死したことによって周囲の霧が消えていって、留美が歩歌と法代を呼んで駆けつけてきたのだった。それも三人とも変身した状態で。

「ごめん、二人を呼べば危険が及ばないと思って……」

 しかし敵の姿はなく、そこにいたのは進化を遂げた炎寿と横たわって失神している徹治だけだった。


 その後徹治は炎寿と留美にアパートまで送ってもらい徹治の母は心配していたけれど炎寿の上手い建前で息子の様子を聞いて安心したのだった。

 これでアクアティックファイターが四人とも〈禍を起こす者〉に立ち向かうための力を手に入れた訳だが、四人とも進化出来たからと〈禍を起こす者〉がすぐに出てくる訳ではなかった。

 それでも彼女たちは自分の夢や誰がために次への戦いに身を投じることとなったのだった。