6弾・2話 束の間の蜜月


 田所家の別荘で朝食を済ませた後、別荘宿泊会メンバーは夕方までに自由行動を取ってもいいことになっていた。

 留美と神奈くんは昨日約束した通り、山合村の上りのバス線で向かう霧ノ里ニュータウンへ行くことになった。山合村のバスは朝十時から夕方四時までは一時間に一本までしかなく、二人は時間に気をつけて夕方の四時までに霧ノ里ニュータウンでデートすることになったのだった。

 山合村の九時三十七分のバスに乗って、多くの木々が自生する緑のトンネルの山道を走り緑のトンネルが終わると青空の下の緑の畳のような田んぼと小山の景色、田んぼの所々に瓦屋根に漆喰壁や引き戸の家が建っていた。田んぼの持ち主の家で子供たちが近くの遊び場へ行くためにあぜ道を歩いていたり、田んぼの中に棲む水棲昆虫やザリガニを集めては透明な虫かごやバケツの中に入れている様子が見られた。

 留美と神奈くんが乗っているバスの中は子連れの母親や何組かのカップル、中高生のグループや老人もいて、留美と神奈くんは後ろの方の二人掛けの席に座っていた。

「良かったな、二人きりになれて」

「うん。みんなも別の行きたいところがあったって言うし」

 神奈くんが通路側、留美が窓側に座り二人きりの時がまた出来たことに落ち着いていた。

 山合村を出てから二十五分後、バスは田んぼと畑のある地域から民家と公営住宅のある地域に入り、二車線道路と二色のブロック道と西洋風の外灯のある町にやって来た。ここが霧ノ里ニュータウンである。

 二人はバスから降りると千葉県の都市とは違った茨城県の街並みを目にする。緑の葉が生い茂るヒメツバキやカエデなどの街路樹、広場ではストリートパフォーマーがジャグリングなどの芸を町の人々に披露しており、他所の町から来た来訪者や外国人観光客もデジカメやスマホのカメラで街並みを撮影していた。

「この町にアウトレットモールがあるんだぜ。買い物までとはいかないけど、回ってみよう」

 神奈くんは留美を率いて霧ノ里アウトレットモールへ向かっていった。

 霧ノ里アウトレットモールはだだっ広い敷地に横に並んだ有名ブランドの店がある場所で、エリアによって衣料や靴、雑貨や紅茶などの専門店と分けられており、地元や他所からの来訪者もたくさんいた。

「お〜っ、『ダッシュアップ』の新製品じゃねーか! もっと手頃な価格だったら買えたのによ〜」

 スポーツグッズ店の中で神奈くんは金属ラックにかけられたバッシュシューズを見てはしゃいだ。スポーツグッズ店はメッシュのTシャツやハーフパンツ、帽子もサンバイザーやキャップとあり、色もビビット調やバイカラーと鮮やかであった。

 他にもブティックや靴屋、化粧品店やアクセサリー店、バッグ店や時計屋を見て回り、途中でモール内の広場で休むことにした。モールの広場は白いレンガ型のブロックで敷き詰められ、アンティーク調の金属ベンチや紫に黄色のアヤメなどの花が植えられた花壇もあって、和みのある雰囲気であった。

 留美と神奈くんは空いているベンチの一つに座り、食エリアで買ったクレープを食べた。留美はイチゴカスタードで神奈くんはシナモンシュガー。

「なぁ、真魚瀬。訊きたいことがあるんだけどよ」

「ん、なぁに?」

 留美は中身をこぼさないようにクレープをかじっていると、神奈くんがこう言ってきたのだった。

「半年ほど前に学校に怪物が現れた時、あの女の子たちどうしてんだろうなー……って」

「う、ぐふぅ」

 留美はそれを訊かれて思わずむせた。

「す、すまねぜ。変なこと訊いちまって……」

 神奈くんはむせた留美を見てなだめてミネラルウォーターを差し出して飲ませた。

「な、何故そのようなことを……」

「ああ。あの子たち今どこで何をやってんのかが気になって。おれ、以前濃いピンクの髪の子に惚れたけど、あれって失恋だったのかな……」

 神奈くんは呟いた。「濃いピンクの髪の子」とは水妖精の勇士アクアティックファイターに変身した留美のことである。

 水妖精の勇士アクアティックファイターとは妖精界の東の海の中にあるマリーノ王国に伝わりし人間と妖精の世界の危機に現れる人物のことである。

 留美たちアクアティックファイターはこれまでに三つの悪と戦ってきた。一つ目はマリーノ王国の住民を捕虜にしたドレッドハデス船長率いるドレッダー海賊団。二つ目は土偶や埴輪などの古代日本の産物の付喪神たちで、人間の造物を操って地上の支配を企もうとした一団ヨミガクレ。三つ目は地球上の珍しい動植物や鉱物を集めて永久保存を求める錬金人間ホムンクルスの一団マサカハサラであった。留美たちはつい十日程前にマサカハサラを壊滅させたばかりであった。

「も、もしかしたらその子たち、他の国で悪者退治に行ってるのかもしれない……。まぁ正義の味方も忙しい、っていうか……」

 留美は神奈くんに悟られないように上手く説明した。

「そうなのか? それだったら海外のSNSや動画サイトやネットニュースで発表されるもんなんだと……」

 またしても神奈くんが鋭いことを言ってきたので、留美は神奈くんに納得するように言ってきた。

「も、もしかしたらあまりもてはやされるのが好きじゃないから伏せているんじゃないかと……」

「そういうもんなのか? だとしたら、おれはあの子にすまない気がしちまって……」

 神奈くんが悪びれるように言ってきたので、留美は何のことやらと不思議に思った。

「濃いピンクの髪の子にまた会えたら、おれ告白しようと思ってたんよなー……。あの子が今姿を見せないんじゃ、おれは何をやってんだか、って感じたよ」

 神奈くんの様子を見て留美はかすかに罪悪感と神奈くんの残念さを感じた。留美は服の胸下に隠しているチャームペンダントを握った。神奈くんはふと顔を上げて留美に言った。

「だけどよ、おれが真魚瀬と付き合おうとしたのは、その子の代わりじゃなくって真魚瀬のおれに対する気持ちに応えたかっただけだったから!」

 神奈くんは留美に変な思われ方をしないように言った。留美は神奈くんの様子を目にして思わず吹き出してしまった。

「良かったぁ〜。てっきり怒るものかと思ってたら……」

「い、いいのよ。気にしなかったから」

 二人はお互い誤解されないようにやり合うと、まだ見ていないアウトレットモールの店を見て回り、アウトレットモールを出た後で霧ノ里ニュータウンの中にあるレストラン街の中へ入っていき、その内の一つの洋食店で留美はポークディアブルを神奈くんはシーフードグラタンを食べて過ごした。それから神奈くんは町の土産物屋でクラブの同級生や家の人たちのお土産となるストラップと霧ノ里サブレを買った。

 お土産を買うと留美と神奈くんは山合村を通るバスに乗って山合村へ帰っていった。バスは住宅街を抜け田んぼと農家の域に入り緑のトンネルのある山へ入っていった。山合村に着いたのは午後二時十三分だった。二人は山合村の田所家の別荘へ戻ると、炎寿が帰ってきた留美と神奈くんを目にした。

「た、ただいま……」

 偶々とはいえ留美と神奈くんは同時帰宅を炎寿に見られたと停まると炎寿が神奈くんに言ってきた。

「丁度良かった。神奈、留美をしばらく借りるぞ」

「えっ、ああ……?」

 炎寿は留美の手首を引っ張って二階の六畳間へ留美を連れて行く。留美を連れた炎寿が部屋の引き戸を開けると、中には歩歌と法代も正座で待っていたのだ。

「あの、もしかして三人とも夕べの夢を見たの……?」

 留美が炎寿たちに尋ねてくると、歩歌と法代も頷く。

「そうだ、マダム=テレーズからのお告げだ。話し合うなら今しかないと思ってな」

 炎寿も室内に入ると引き戸を閉めて四人で座り合って語り合う。

「マダム=テレーズはわたしたちに禍を起こす者のことを教えてきた。どんな姿で何という名前までは判明できなかったけれど」

 歩歌は夢の内容を話してくる。「わたしもでした」と法代も答えてくる。

「ああ。わたしたちアクアティックファイターが持つ<進化の装具(エヴォリュシオン=ガジェット)>――。今までより上の"悪"に立ち向かうための……」

 炎寿は自分の右足首にはめてある赤い飾り石に古代マリーノ文字が刻まれたアンクレットを目にして呟く。歩歌は両耳の縁につけた白い飾り石の付いたイヤーカフ、法代は緑の飾り石が付いたブローチで今でもブラウス之左胸につけている。留美も右手首にはめたリングブレスを目にして考える。

(マサカハサラが壊滅してからそんなに経ってはいないけれど、いつかはまた戦いの時が来るのだわ……)

 留美と神奈くんが両想いになってから、留美は神奈くんのクラブのバスケットボールの試合を見に行ったり、クラスは別々になってしまったけれど選択式の芸術の授業で家庭科にして同じ家庭科室でいられるようになったし、神奈くんが休日のクラブなしで尚且つ家の用事もない時にはデートに行った。

(これを束の間の平和っていうそうね)

 留美は心の中で言った。だけど学校の試験であれ、二つの世界を脅かす悪との戦いであれ、困難を乗り越えないといけないのが生命体としての試練なのだから。もし留美以外のマリーノ王国の人魚がアクアティックファイターとなり留美はマリーノ王国で学校に通って役職を得たとしても、他の者が戦っているのなんて想像も出来なかった。

 その時、バラードの着信メロディが鳴って留美は我に返った。歩歌の服の中に入れていたスマートフォンが鳴ったのだった。歩歌はスマートフォンを取り出し自分に届いたメールの内容を目に通す。

「みんな、ごめん。明日の午後、仕事が出来ちゃった。わたし帰らせてもらうよ」

 そう言って歩歌は部屋の隅にある旅行用のリュックサックに荷物を詰めて背負って立つ。

「そう、なら仕方ないわね……」

 帰ろうとする歩歌を見て留美が言った。

「それじゃあね、また今度。あと少しでバスが来るから」

「ああ。また何かあったら連絡くれよ。わたしたちにはシュピーシェルがあるんだからな」

 シュピーシェルとはアクアティックファイターが持つ貝型通信機である。炎寿は歩歌にそう言うと歩歌は「わかってる」と廊下に出て一階にいる

郁子と芹子にもいとまを告げてきた。

「芹子さん、お邪魔しました。郁ちゃん、わたし明日仕事が出来たから帰るね」

「あら、それは大変ね。気をつけて帰ってね」

「歩ちゃん、保波市に着いたら教えてね」

 芹子と郁子も歩歌にあいさつを告げると、歩歌は別荘を出て坂道を下っていった。

「歩歌ちゃん、念願の歌手になれたのはいいけど、忙しくなるわね」

「それはしょうがないよ。歩ちゃんの決めたことなんだから」

 郁子は芹子に向かって言った。歩歌は山合村の下り線のバスに乗ると田畑の見える風景を見ながらJRの駅に着くのを待った。田畑の緑と空の青を眺めながら山合村が遠ざかっていくのを感じて。


 歩歌が帰宅すると炎寿と留美が買い出しへ行き、芹子と郁子と法代が夕食を作った。この日の夕食はマッシュポテトと豆サラダと雑穀米とチキンハーブソテーだった。

「あーあ、明日で帰って明後日からまた学校かぁ」

 神奈くんが呟くと深沢くんがどうってことないという風に言ってきた。

「ぼくとしては家と塾以外の場所で勉強するのもいいと感じましたがね」

「留美といい深沢といい、勉強の出来る奴の考えはわからんな」

 炎寿が深沢くんが別荘に来ても勉強していたことを思い出して声をかけてきた。その後留美と神奈くんが昨日と同じように食器を洗って深沢くんが掃除してくれた風呂に入って入浴した。

 留美の入浴の番になると、留美は変化自在法を解いて人魚の姿で湯船に入った。

「は〜、一人でお風呂入っている時と寝ている時だけ本当の姿になれないもんな〜」

 肩から上と尾ひれを出しながらのんびりとつかっていると、コンコンとノック音が入る。

「真魚瀬、いるか?」

 声を聞いて留美はギョッとなった。神奈くんだった。神奈くんが入浴したのは留美の二つ前で、留美は本当の姿を見られないようにと尾ひれを湯船の中に入れてタライで髪の毛を隠した。

「かっ、神奈くん? な、何か用?」

「悪ぃ。おれさっき脱衣所にベルト置いてきちまって。待ってろよ、すぐに探して出るから」

 神奈くんはすりガラス越しに留美に言うと、忘れ物を探し出す。その間に留美は湯船の中で胸が高鳴っているのを感じた。

(お願い、神奈くんがわたしの本当の姿を見ませんように……)

 神奈くんはというと脱衣所の片隅にベルトが落ちているのを目にすると、留美がのぼせる前に出ようとした。留美のバスタオルやパジャマと下着が置いてある所にタオルの隙間から瓶型のペンダントチャームが出ていて、それが以前会った濃いピンクの髪の子のと同じだと察した。

(何で真魚瀬があの子と同じペンダントを……?)

 ふと気づいて急いで脱衣所を出た。留美は神奈くんがようやくいなくなると尾ひれと髪の毛を出すことが出来た。

 神奈くんは二階の部屋に入る前に、留美は怪物退治をした濃いピンクの髪の子と似ていることを思い浮かべた。

(真魚瀬とあの子、顔つきも背丈も体格も同じだった。真魚瀬が以前、おれが惚れたピンクの髪の子だったのか?)

 だが思い当たる節がなかった。留美と同じペンダントで体つきも同じなのは、どうも偶然にしては都合がいき過ぎていると。

(そうだよな。あの子はきっと海外で怪物や悪者退治をしているんだよ。変に考えていると真魚瀬に嫌われるしな)

 神奈くんは考えを打ち消して深沢くんと共同で使っている部屋のドアを開けたのだった。