6弾・3話 日常の始まりか? 異常の始まりか?



「それではお世話になりました」

 留美と炎寿と法代、神奈くんと深沢くんは芹子にあいさつを告げて、保波市に帰ることにことになった。郁子は次に別荘を使うまでの後片付けとしてから姉と一緒に帰ることにした。

 留美たち五人は下りの路線バス停へ向かい、山合村を去ることになった。しかし空模様は昨日おとといと違って空が曇天になっていた。また村の人たちもそんなに姿を見せなかった。

「あっという間の三日間だったな」

 神奈くんが言うと深沢くんが答えてくる。

「でも普段とは違った体験になりましたからね」

「思い出もいくつか出来ましたしね」

 法代が持っているデジカメに収めた山合村や近くの景色の写真をカメラロールする。

「また明後日から学校になるが……、いつまでも遊び気分でいられんしな」

 炎寿が言うと、留美も頷いた。

「うん、確かにね……」

 留美たちアクアティックファイターには五月下旬にやる春学期の中間テストに向けての勉強だけでなく、新しい戦いの宿命も担っていることを……。


 保波駅に着くと留美と炎寿と法代は神奈くんと別れた。深沢くんは保波駅より一つ前の駅で降車しており、炎寿と法代が降車する時に神奈くんが留美に声をかけてきた。

「じゃあな、真魚瀬。また学校でな」

「うん、また学校でね」

 留美が下車するところで発射の合図が鳴り、留美は取り残されることなく、電車が動き出していった。

 留美たちが保波市に着いたのは午後一時半台だった。この時間帯の保波市では連休の今は駅ビルの春のバーゲンセールに来ている主婦たちや他の市への用から帰ってきたりこれから保波市から帰ろうとする人々、バスターミナルで待っている人の行列、空は茨城県を出た時よりも空の灰色が濃くなっていた。留美たちは自分たちの家がある磯貝地区行きのバス停に入り、他の老若男女の客人にまじって立つ。

「あれぇ、朱堂さん。ここで会うなんて珍しい」

 炎寿の後ろにいる男が炎寿に声をかけてきたので、炎寿は思わず振り向いた。そこには細身で短くした髪に黒い柄入りTシャツにベージュのチノパンに黒い履き古したスニーカーの少年がいたのだ。少年は大きめのリュックサックをしょっていた。

「き、君は岸尾徹治(きしおてつじ)! なんでこんな所に?」

 声をかけてきた少年、岸尾徹治を目にして炎寿は思わず高めの声を出してしまった。その声で留美や法代や他の人たちもびくついた。やがてバスが来て留美一行と岸尾くんは磯貝地区行きのバスに乗って、途中まで同行することになった。

「へぇ、今の学校の友達の別荘に行ってたのか。僕は昨日おとといは泊まり込みのアルバイトに行っていたから、その帰り」

 岸尾くんは留美一行が茨城県の宿泊に行っていた頃、自分は連休のアルバイトに行っていたことを語る。

「岸尾くんはお母さんと二人暮らしだものね。お母さんを助けるために通信制高校に通いながらアルバイトしてるなんて立派よ」

 留美は岸尾くんの家の状況を思い出して言う。岸尾徹治は中学二年の時に父親が交通事故で亡くなり、母親と二人だけの母子家庭となり岸尾くんは靴工場で働く母を助けるために有名高校の進学受験を諦めて通信制の桜花(おうか)高校に通いながらアルバイトをしていた。炎寿とは早朝ランニングと新聞配達のアルバイトで知り合ったのだった。

「炎寿さん、わたしや歩歌さんの知らないうちに他の高校の人と友達になっていたとは」

 法代が炎寿に訊いてくると、炎寿は顔を紅潮させて言い返してくる。

「違うぞ。わたしと岸尾とはだな……」

 その時アナウンスが磯貝五丁目を報せ、留美がブザーを押した。バスが住宅街の中にあるバス停に着くと、留美と炎寿、岸尾くんも降車して法代と別れた。

「それじゃあね、法代ちゃん。また次の時に」

 留美は法代にそう告げると、法代も「あ、はい」と返事をした。バスが走り出すと、岸尾くんは留美と炎寿を見つめる。炎寿はまだ顔が紅潮していた。

「じゃあ、ぼくはこれで……」

 岸尾くんが五丁目と四丁目の境目にあるアパートに帰ろうとすると、炎寿が声をかけて止めてくる。

「あ、あのっ」

「な、何?」

 岸尾くんが振り向くと炎寿はもじもじと伝えてきた。

「岸尾に会った時に山合村の土産を用意してきたんだ。どうか受け取ってくれ……」

 炎寿はリュックサックから平たい箱を出して岸尾くんに渡した。箱は渋い色の包装紙に『漬物』と表示されていて、山合村の山菜の漬物が小袋で三種入っていたのだ。

「ああ、ありがとう……。ぼくの分までわざわざと……」

 岸尾くんは炎寿からお土産を受け取ると礼を言う。

「それじゃあ、ぼくはこれで……」

 岸尾くんはきびすを返して自分の家の方角へと帰っていった。留美と炎寿は岸尾くんと別れると、住宅街の中にある七階建てのレンガ色マンション『ベルジュール磯貝』へ帰っていった。


 留美と炎寿は階段を昇っていって、四階の真ん中にある『403』号室の門前に立つ。表札には『真魚瀬』と表記されており、留美がドアをノックすると、奥から女性の声が飛んできた。

「はいはーい」

 声を耳にすると留美は声の主に返事をする。

「ただいま帰ってきました」

「どうぞお入りなさいまし」

 留美と炎寿は403号室の中に入り、玄関に足を踏むと手前の和室でカモメのような姿の不思議生物ブリーゼが洗濯物を畳んでいた。

「ただいま、ブリーゼ」

「ただいま……」

 留美と炎寿はブリーゼにただいまのあいさつをする。

「お帰りなさいまし、ルミエーラ様、フェルネさん。宿泊会はどうでございましたか?」

「ああ、楽しかったよ」

「良かったけれど、疲れたな」

 留美と炎寿はそう告げると、ブリーゼは二人に言う。

「では着ていた服を洗濯機に入れておいてくださいな。お夕飯が出来たらお呼びしますから、お休みなさって下さいな」

 留美と炎寿は旅行の時に着ていた服や下着を脱衣所にある洗濯機に入れ、ダイニングキッチンの奥にある部屋のドアを開けて留美は右、炎寿は左の部屋に入ってベッドに横たわると、留美は人魚、炎寿は下半身が赤と黒の鱗と蛇腹を持つ蛇女の姿になる。窓はカーテンで閉ざされていたが、いつの間にか雨が降っていてザー……と音を立てていた。


「お二人とも、お夕飯が出来ましたよ」

 留美と炎寿はブリーゼの声で目を覚ますと、人魚と蛇女の姿から髪と眼の色も下半身も異なる人間の姿になり、また衣装も露出の多いミスティシアの服からTシャツとハーフパンツの姿になる。

 ダイニングキッチンでは食卓の上にブリーゼが作った筑前煮やサラダなどの料理が置かれ、席の一つに緑色のウミガメ姿の不思議生物ジザイが座っていた。

「ただいまー、ジザイ」

「お帰りなさいませ、ルミエーラ様、フェルネ殿。思っていたより元気そうで……」

 ジザイは旅行から帰ってきた留美と炎寿を目にして頷く。全員食卓に着くと、留美と炎寿は山合村の宿泊会の就寝中に夢の中にマダム=テレーズが出てきて、もうすぐ禍を起こす者が出てくるだろうと伝えにきたことを話した。

「何と……。マダム=テレーズがお二人の夢の中に出てくるとは……」

 ジザイは目を丸くし、ブリーゼもそれを聞いてただごとではないと翼で嘴を抑えた。

「といっても、何て名前でどんな姿までかはマダム=テレーズもわからないって」

「だけど平和なひと時はマサカハサラが壊滅してから一ヶ月足らずということだ」

 留美が禍を起こす者についてのわかるだけの説明をし、炎寿が冷静にのうのうとしていられないように述べてくる。

「まぁ、だけどもルミエーラ様たちはすでに禍を起こす者に立ち向かうための<進化の装具(エヴォリュシオン・ガジェット)>を手に入れたのでしょう? 『備えあれば患いなし』とはこのことですよ」

 ブリーゼがなだめるように言ってきた。

「まぁ、そうかもしれなんが……」

 炎寿が呟いた。


 翌日は春の連休の最終日で留美と炎寿は宿泊旅行の体をゆっくりと休めて、その次の日の連休明けの登校日にオリーブグリーンの保波高校の制服を着て、保波高校に登校したのだった。

 県立保波高校は男子はオリーブグリーンの詰襟とスラックス女子はオリーブグリーンのダブルブレザーに白いセーラー襟のシャツにからし色のボックスプリーツスカートで、通学バッグは個人によって異なり女子の髪型は三つ編みか下ろしツインテールや後ろで一本結わえが多く、留美は学校の時は二つの三つ編みにしていた。

 保波高校はコンクリート造りの三階建ての第一校舎と科目教室がある二階建ての第二校舎と体育館と校庭のある施設で、留美と炎寿、郁子と深沢くんは同じ二年四組であった。

「おはよーっ」

 教室の中は二十四の席があり、生徒たちはおしゃべりをしていたり教科書を読んでいたりとしていた。

「おはよう、炎寿、留美」

 髪を明るい茶色に染めているギャルの伊藤桂子(いとうけいこ)が二人にあいさつをしてくる。桂子と炎寿は去年は同じクラスだったために知り合った。

「おはよう」

 留美と炎寿も自分の席に着いて、チャイムが鳴ると生徒たちは自分の席に着いて、教室の前扉に担任の細身にアップヘアにつり眼鏡の福尾真由子(ふくおまゆこ)先生が入ってくる。

「起立、礼、おはようございます」

 朝のHRから高校生としての留美たちの一日が始まるのであった。


 一時間目後の休み時間で留美と炎寿と郁子は桂子と寡黙な加津睦実に茨城県での宿泊旅行の件について話した。

「いいわね、あたしなんか家が農家だら、連休の日でも畑仕事をさせられてたし」

 桂子が羨ましいそうに言った。睦実はというと、無表情ながら訊いてくる。

「男子も来ていたっていうけど?」

「ああ、深沢と五組の神奈が来た。神奈に至ってはだな……」

 炎寿が返事をしようとすると、留美が口を塞いできた。

「いいの! そーいうことはっ?」

 だが郁子も桂子も睦実も留美と神奈くんがつき合っているのは存じていて、<公認の仲>なのは知っているからこそ、口に出すことはなかった。昼休みになって留美は購買部の近くの自販機へ行って、ペットボトルのミネラルウォーターを買った。ミスティシアの水妖精は陸に上がっていればいるほど体力が消耗しやすく、こまめに水分を補給しないといけないのだ。

 留美がペットボトルの水を飲んでいると、後ろから声をかけられてくる。

「よお、真魚瀬ー」

 振り向くと神奈くんが歩いていたのだった。

「神奈くん、相変わらずで……」

「まぁな。まだ午後からの授業まで時間があっから、裏庭で一息つかないか?」

「ええ、そうね。まだ昼休みだし」

 留美と神奈くんは裏庭に出て、ひと時を過ごすことにした。校庭と違って裏庭はブロック舗装の道と季節ごとに植えられた花のある花壇、芝生は青々としており、桜やポプラなどの樹も植えられており、他の生徒も何人か来ていた。空はおとといから昨日の昼まで雨だったが、連休明けの一日目は空は快晴、雲もいくつか浮いていて太陽が真上に輝いていた。

「まだ三日しか経ってないのに、二人でデートしたのが随分前に思えるよな」

「うん。本当に不思議よね」

 留美と神奈くんが裏庭にいると、三階の三年生の廊下の窓を開けた生徒が黒板消しの粉をはたこうとしたら、窓枠の一つが外れて真下にいる留美と神奈くんに向かって落ちてきた。留美は危機を感じて神奈くんの腕をつかんで避けて二人がいた所に窓枠がガッシャーンと、大きな音を立ててガラスが砕けて窓枠がゆがんだ。

 その音で校舎や裏庭にいる生徒たちが集まってきて、留美と神奈くんは窓枠から数メートル離れた先の所にいたのでケガ一つせずに済んだ。

「あ、ありがとな。でも窓枠がいきなり外れて落ちてくるなんて……」

 尻餅をついた状態で神奈くんは留美に礼を言う。だけど留美は偶然とは思えず誰かが自分たちを狙ってきたように感じた。


 後日の放課後、留美と神奈くんはまた危ない目に遭った。クラブ活動の時間、留美は体育館でバスケットボール部に入っている神奈くんの試合を見に行こうとした時だった。二階から一階へ下りる階段の所で、誰かに背中を押されて転げ落ちそうになったが、手すりにつかまって転ばずに済んだ。階段の高い所には誰もいなかった。

(どういうこと?)

 留美はそう感じたが、かえってそれが不気味さを高まらせた。放課後の体育館はクラブによって何部が何曜日に使うことが決まっていて、この日は金曜日だったのでバスケットボール部とバレーボール部が体育館を使用していた。体育館の壇上側ではバレーボール部、出入口側はバスケットボール部が練習試合をしており、お互いの邪魔にならないように真ん中をネットで仕切っていた。どっちのクラブも見学者が来ていて、留美も他の生徒に紛れて神奈くんのバスケット演習を見つめていた。

 神奈くんは赤いビブロス、相手のチームは黒いビブロスで神奈くんは仲間との連携を上手く駆使してドリブルしたりパスしたりしていた。

「神奈せんぱ〜い!」

 一年生の中に神奈くんの応援をする女子がいたが、留美は神奈くんが試合に集中していたのを目にして後輩女子の声援が耳に届いてはいないと察した。神奈くんがドリブルしながらダンクシュートしようとしたその時だった。

 素早く小さなものが神奈くんの足首にぶつかって、神奈くんはバランスを崩して盛大に床にぶつかった。ダァーンとボールが強くバウンドして人体が大きく落下した音が体育館中に響いた。体育館は一瞬で大騒ぎになり、神奈くんの幼馴染でバレーボール部員の鈴村史絵(すずむらふみえ)が倒れた神奈くんを目にして思わず叫んだのだった。

「保、保健室へ! 早く!」

 顧問の先生が他の部員たちに指示を出し、誰もが狼狽える中、留美は何かが神奈くんの足を引っかけたのを目撃していたが、今は神奈くんの方が先だと理(ことわり)で感じていた。


 神奈くんはバスケ部員によって保健室に運ばれた後、左ひじを強く打ったために全治二週間もかかりクラブも体育館の授業も受けられない状態になってしまった。

 留美は神奈くんが友達の助けを得てバスケ部のユニフォームから制服に着替えて更衣室から出てくるのを目にした。

「神奈くん」

「ああ、真魚瀬。大したケガじゃねぇよ。気にするな。おれは帰るよ……」

 二、三人の仲間たちに連れられて神奈くんは昇降口へ向かっていった。外はすっかり日が暮れてオレンジ色の空が薄暗い校舎の中を照らして物の影を伸ばしていた。

(神奈くんのケガは偶然じゃない。素早い何かが神奈くんを転ばせたのよ……)

 留美は右手首にはめられたリングブレスを左手で掴んで心の中で言った。


 留美は神奈くんのクラブを見終えてから帰宅するはずが、神奈くんのケガによっていつもより一時間遅れて帰りのバスに乗っていった。夕方五時以降のバスは電車通勤通学する高校生や大学生や会社員で多く、留美は立っていた。

 バスは高校のある住宅街からビル街、別の住宅街へ走っていき、磯谷五丁目に入るとバスの停車を報せて、留美は降車した。空の太陽は西に傾き、カラスがカーカー鳴いており、町中を歩いている人もそんなにいない。

(神奈くんがケガしたとはいえ、遅くなったな。みんなに心配をかけないように上手く言わないと)

 留美はのそのそとマンションに向かっていき、ようやく『ベルジュール磯貝』に着いた。エントランスホールに入ろうとした時、右手首に異変を感じた。ブレザーの袖をめくってみると、<進化の装具>であるリングブレスがブルブルと震動を起こしていたのだ。

「どういうこと? 今まではこんなことなかったのに……」

 留美はブレスレットの異変に驚いたが、もしかしたら禍を起こす者の気配を教えているのではと察したのだった。しかも留美の足元に素早く移動する黒い影を目にしたのだった。

「もしかして、あれが神奈くんを転ばせたヤツなの? あっちは駐車場だ!」

 留美は自宅に帰るのは後にして、素早く動く影を追いかけていった。

『ベルジュール磯貝』の一階はエレベーターとエントランスホールと郵便受けのある場所の奥は駐車場と駐輪場になっている。自転車は一台ずつ金属フレームの置き場に設置され、自動車は一階は八台、地下は十六台停められるように造られている。

 留美が追いかけていって影は地下駐車場へ逃げていき、走行に向いていないローファー靴でかけていった留美は薄暗く照明がぼんやり照らす場所へ辿り着いた。地下駐車場は灰色の床に白線で枠や矢印が刻まれ、他のマンション住人の自動車が何台か停車していた。

 影は奥の三台が空白のスペースに止まって、ぐにゃりと粘土のように動いて、影がそのまま固体になった姿で眼は冷ややかな目つきの青で口はなかった。その代わり頭や背中から二本ずつ細長い触手が出ていた。

「こいつは一体何なの? もしかして、禍を起こす者の仲間なの?」

 留美はその怪人を目にして、不気味な静かさを見せる雰囲気に身震いしていた。