6弾・4話 進化発動


 敵が出たからには立ち向かって倒すしかない。留美はそう理(ことわり)で感じて、制服の胸ポケットに入れていた紫色の小瓶型ペンダント――ライトチャームを出して念じる。

「ライトチャームよ、わたしを戦士に変えて」

 するとチャームからパールパープルの光が出てきて留美を包み込んで、光が弾けると留美は濃いピンクのロングウェーブヘアに薄紫色の瞳にパールパープルのフィッシュテールスカートのセパレートの衣装にひざまである紫色のレースアップパンプスに頭に魚のヒレ型フリルのついたヘアバンドをまとったアクアティックファイターに変身する。

 触手と触角を垂らした影の敵は留美に背中の触手を伸ばしてきた。留美はチャームを念じてチャームは三又槍(トリアイナ)に変化して、留美は三又槍を手に持つと影が伸ばしてきた触手に捕らわれまいと三又槍の先に光を帯びた水の楔、マーメイド=アクアウェッジを出してきて三本の水の楔が影の触手を弾いた。影は冷たい青い眼で留美の攻撃を見つめると左手を出して指先から五本の黒い楔を出して留美に撃ち放った。

 留美は敵の攻撃を察すると素早くよけて、五本の黒い楔が後ろのコンクリートの柱に突き刺さって硝煙を出して周りにヒビが入る。

「アクアウェッジを真似て影の楔を出してきた……?」

 しかし影の敵は右手からも影の楔を五本出してきて留美は水のつぶてを周囲に出して敵にぶつけるマーメイド=アクアスマッシュで防御して影の楔は水のつぶてとぶつかって黒い霧のように消える。

 次に影は人の形からどろりと溶けて沼のように不定形な液状となり、素早く移動しだす。留美は影の素早さに翻弄されるも技を使っては必ず当たる訳がないと悟って三又槍を持って陰に突き立てようとしてきた。

 留美の槍がコンクリートの地面はフォークで刺したバターの様に三つの穴が空き、留美は影を狙うも影の方が速さがあって駐車場の地面にあちこち穴が空いてしまう。

(敵の攻撃が読めない……。どうせならマーメイド=アクアスラストで……あれは一ヶ所にしか放つことが出来ない。なら水の渦のマーメイド=スプラッシュトルネード? だけど外れたら、どうなる?)

 そう考えているうちに留美は背後に危険を感じ取る。影が留美の後ろに回ってきて背中の触手を留美に向けて伸ばしてきたのだ。

「しまった……」

 留美は両腕と両脚と両手首両足首、腰を拘束され更に三又槍も影によって引きはがされてしまう。影は留美を拘束するとずりずりと近づいてくる。

「な、何をする気だ……」

 影の出す触手に絡みつかれて留美は問いかけてきた。すると影が発声する。

『何って、あなたの中に入るだけよ』

 耳に入る声ではなく、頭の中に響いてくる声――精神交信(テレパス)だった。

「は、入るって何故そのようなことを……」

 留美は抵抗しようとしたが影の触手の方が強く、影の敵がズブズブと留美の足元からまとわりつき、次第に留美の視界や口や耳を塞いでいった。漆黒の闇の包まれて留美は気を失った。


 留美が目覚めたのは海の中だった。保波市近くの海岸の水中ではなく、暗い青の空間に岩と砂だけの場所、深海であった。本物の海ではなく精神世界の海のようだった。

「これも敵のなせる技の一つなの……?」

 留美がそう考えていると一人の人物が姿を現す。留美と同じウェーブヘアで衣装もパール生地ではない暗い紫の長めのスカートに同色のレースグローブの姿だった。

「わ、わたしに何をしたの? それにわたしと同じ姿で出てくるなんて……」

 留美は影に質問してくると、暗い方の留美が返事をする。

「神奈くんはあなたと一緒にいたから、不幸に見舞われたのよ」

「? どういうこと……」

 この敵は一体何を考えているのだろう、と留美は思った。それに数日前から今日の夕方までに起きた災難はこの敵の仕業で、わたしの所為にしてくるのは度があり過ぎると考えた。

「あなたは気づいてないだろうけど、神奈くんはいつかはあなたを裏切って他の女の所へ行くかもしれないというのに。あなたは神奈くんが自分の想いに応えてくれたから大丈夫と思っているようだけど、神奈くんの心の芯が柔かったらどうするの」

 影に言われて留美は首を横に振った。

「そ、そんなことはない……」

「あなたは神奈くんが傷ついたら自分がそばにいられると思っているでしょうけど、実際はそうではなかった。神奈くんはあなたの前から去っていった。違わないか……」

 影に聞かれて留美はクラブの途中で神奈くんが左ひじを痛めたのを思い出す。神奈くんは確かに留美の前から去っていった。しかし……。

「それは……違う。神奈くんはわたしに心配をかけさせないためにわたしの前から去っていったのよ。神奈くんがわたしのことを迷惑がっているのなら、とっくの前にやっている筈よ!」

 その時、留美の右手首のリングブレスの飾り石が一瞬にして瞬いた。その輝きは小さいもので留美は気づかなかったが、影の留美はその煌めきを見逃さなかた。

「わたしは神奈くんがわたしを裏切ったとしても、神奈くんが決めたことだと理解しているから!」

 リングブレスの飾り石は高貴な紫の輝きを放ち、深海の空間が留美と影の留美の周囲を明るくさせた。

「な……何だと……。わたしの呪言が効かない、なんて……」

 影の留美はこの変化に驚き、顔が醜くゆがんでしまう。

 留美はというと、リングブレスを高々と掲げて、飾り石から光の滝が出てきて留美を呑み込んで新たな姿に変身させた。

 衣装は胸元がシースルーになっている紫のトップスで肩出しのフレアスリーブでフィッシュテールスカートの下に紫のドロワーズ、両手は紫のアームカバー、足元は紫のレースアップハイヒールパンプス、頭部には金色の三又槍型のティアラで中心に紫の宝石が煌めき、頭部には魚のヒレ型のフリルがティアラに付いていた。右手首には〈進化の装具(エヴォリュシオン・ガジェット)〉のリングブレスが装着されていた。

「この姿は……、これがアクアティックファイターの進化なの!?」

 留美は姿が変わった自身を目にして驚くも、進化が上手くいったことにも喜んでいた。そして胸元のライトチャームを手に取ると、三又槍に変化させて影の自分に立ち向かう。三又槍も変化しており、矛先は金色、柄も長めになっており持ち手を守るパーツもついていた。

「この姿、どうせ見かけ倒し」

 影の留美も黒い三又槍を出してきて、進化した留美は同じ手は二度は受けなかった。留美の三又槍の先から出てきた光を帯びた水の楔、マーメイド=アクアウェッジが発射されて影の留美が出してきた黒い楔をかき消した。影の留美は光と水の楔を受けることを察して自身の体を細かい水玉状に分裂させて、留美の攻撃を回避した。

 留美は影が姿を消すと三又槍の先を天に掲げて、矛先から紫の光が放たれて周囲を明るく照らしたのだった。

 影の粒はその眩しさに我慢できず、一ヶ所に集まって留美の前に現れたような口のない青い眼と触手を持つ姿になる。その時、留美が矛先を影に向けていた。

 留美の右手首のリングブレスから力が伝わってきて、三又槍に今までより強い光の力が集まってきて、三又槍から新しい技が発動される。

「光の津波よ、我に集え。マーメイド=タイダルブラスト!!」

 留美の三又槍の先から勢いよく光を帯びた水の波動が発射されて、影は光と激流に包まれて霧のように消え去った。

「な、何とか倒せた……」

 留美は意識を失い、ふらっとなって倒れたのだった。


 留美が気づいた時にはオリーブグリーンの制服を着た状態で、しかもかすかな照明が薄暗い中を照らす『ベルジュール磯貝』の地下駐車場にいたのだ。

「い、今のは夢? それとも幻覚だったのかしら……」

 留美はクラクラしながらも辺りを見回して地下駐車場の柱や床に細かな亀裂が入っていたのを見つけると影の怪物と戦っていたことに確信する。

「いや夢じゃなかった。現に戦っていた跡があるし。だけど敵の気配はないわね」

 右手首のリングブレスがかすかに温かみを帯びていた。〈進化の装具〉による進化に成功をしたのを留美は実感する。

「……だけどこのまま地下駐車場にいたら、みんなが心配するし、他の住人からもうるさく聞かれるのもあるから一度家に帰ろう」

 留美はマンションの四階の真ん中にある真魚瀬家に帰ると、炎寿もブリーゼもジザイもなかなか帰ってこない留美を心配して、そろそろ探しに行こうと考えていた時に留美がちゃんと戻ってきたことに安心した。

「ルミエーラ様、一体どこで何をしていたんですか?」

 ブリーゼがしかってくると、留美はいったん謝ってから自分の身に起きた事を一から十まで全部話した。

「神奈がクラブ活動中にケガをしたのは偶然ではなく、影のような怪物の仕業……?」

 炎寿は留美の話を聞いて半信半疑となる。

「その影の怪物はマンションの地下駐車場に逃げて追いかけていったら、ルミエーラ様と戦いルミエーラ様を追い詰めた時にルミエーラ様の返り討ちを受けて消滅した、と」

 ジザイが留美の右手首のリングブレスを見て、留美が〈進化の装具〉による進化を遂げて敵を倒したと聞くと納得する。

「ホントにどうなるかと思ったよ。わかったのはわたしの前に現れた影の怪物は〈禍を起こす者〉と関係しているんだって」

「でもルミエーラ様が無事だったのなら安心しましたわ。ささ、ルミエーラ様着替えをなさってください。お夕食を出しますから……」

 ブリーゼは留美にそう告げると、留美はダイニングキッチンの右奥のドアを開けて自分の部屋へ入っていった。


 真魚瀬家が夕食と入浴を終えて留美は宿題と予習復習を済ませて明日の準備を終えた後、ドアをノックしてきた者がいたので中に入れる。それは炎寿だった。

「どうかしたの? もしかしてわたしの進化や〈禍を起こす者〉のこと?」

 留美が訊くと、炎寿は半ば堅い表情で返事をしてくる。

「いや、そのことではない。神奈にメールしたか? ケガをした後すぐに帰ってしまったんだろう? いくら敵にかまけていたとはいえ、恋人のことは気遣っておかんと……」

 炎寿はお節介だと感じつつも、留美にアドバイスを入れてきたつもりだった。炎寿に意見を聞いて留美は「あっ」と呟いた。

「そ、それもそうだったわよね。敵を倒せたのと進化出来たことばかり考えていて……」

 留美は携帯電話を制服の脇ポケットから取り出し、炎寿は神奈くんの件を思い出してくれた留美を見て安堵する。留美が携帯電話を開くと、画面には神奈くんのメールが届いていた。

『真魚瀬へ

 おれは左ひじを痛めているけど勉強と片手でもできる家事に差し支えはない。クラブに出られないのは残念だけど、次の中間テストに向けての勉強に勤しむよ。わからないとこあったら教えてくれ』

 留美は神奈くんのメールを見て神奈くんが思っていたより大丈夫だったことに一息ついた。そしてこう返信メールを入れた。

『神奈くん、クラブに出られないと落ち込んでいると思って心配してました。だけど考えを変えていたのには助かりました。勉強でわからないところあったら教えてあげる』

 送信ボタンを押すと、留美は炎寿に声をかけてくる。

「神奈くんはわたしのこと、思ってくれてたよ。あと……炎寿たちも進化が出来るのを待っているよ」

「ありがとうな。それじゃ、お休み」

 炎寿は自室に戻っていき、留美も明日の支度を済ませると、消灯してベッドに入って、濃いピンクの髪に紫の尾ひれの人魚になって寝入ったのだった。

(〈禍を起こす者〉、わたしは進化をする力を手に入れた。また新しい禍が起きたとしても、わたしは怖くない)

 仲間と愛する者がいるから自分はやれる。留美はそう心に刻んだのだった。