6弾・6話 歌姫の行進


 歩歌を団地の屋上へさらっていった風は次第に実体を形成していき、歩歌の前に姿を現す。風は頭と両腕に翼が付いた女の姿をしていて足首がの猛禽類と同じ蹴爪だった。

(セイレーン……。いやハーピィか?)

 歩歌は風の怪物を目にして当てはまる名前を思い浮かべる。どっちも鳥と人間の女を合わせた伝説の生き物であるが、目の前の鳥女は体や羽毛がコンドルやワシなどの暗い色をしていた。むしろ後者の方が当てはまるだろう。両眼も鋭い金色で手首も爪も足首の蹴爪と同じように鋭角だった。

「わたしの目の前に現れたのは、〈禍を起こす者〉からの命令よね? だけど昨日の郁ちゃんの背中を押して自動車に轢かせようとしたのはゆるさない。郁ちゃんは関係ないのに」

 歩歌は風の怪物に昨日の出来事を伝えてきた。歩歌に問われて風の怪物は答えてくる。

「あれはお前が過去に得た存在が目の前で消そうとした。友と引き換えに名誉を手に入れたからこうなった、と思い知らすために」

 怪物の理由を聞いて歩歌の中に憤りが神経を伝ってきた。〈禍を起こす者〉の配下が歩歌に多大な精神攻撃を与えるために郁子を巻き添えにしようとしてきたことを。

「なら猶更赦さない! 郁ちゃんを傷つけようとしたのは?」

 歩歌の胸元のライトチャームが純白の光を放ち、歩歌は白い光に包まれてると背に海鳥の翼を生やし音符と五線譜をあしらった白いタイトドレスにグラディエーターサンダルのアクアティックファイターに変身する。

 ハーピィ姿の風の怪物は両腕を羽ばたかせて突風を起こして歩歌を屋上の端に押し出そうとしてくる。歩歌は踏んばって耐えようとしたが、風は思っていたより強く歩歌はライトチャームをフルートステッキに変えて、音符型のエネルギー弾を敵にぶつけるセイレーン=ビューティーサウンドを出して怪物の風起こしを封じようとした。しかし歩歌の放った四分や八分などの音符型エネルギー弾は風の流れに沿って外れてしまい、歩歌は歌声と超音波を一度に発するセイレーン=フォルテシモウェーブを発動させた。

 超音波によって怪物がぐらつき、歩歌は屋上のへりから落ちそうになるも、背中の翼を羽ばたかせて背筋の要領で危機を回避した。歩歌が屋上から落ちる危機から免れたと思っていたら、今度は風の怪物が四肢を交差させた後に風の斬撃を放ってきて、歩歌はセイレーン=ビューティーサウンドを出して音符弾で回避しようとしたが、その内の一つがそのうちの一つが歩歌の左脛を傷つけ、歩歌の左脚から血が滴る。

「うっ……!」

 歩歌は右ひざを立ててフルートステッキを杖にして状態で姿勢を崩す。すると怪物が軽く跳躍してきて歩歌の前に立つ。

「二つある選択のうち両方取ったって、結局どちらも失うこと。前の学校の友達と今の学校の生活、あなたは今の学校の生活を選んだじゃない。今だってそう。攻撃よりも防御を選んで傷ついたし、攻撃しても傷ついていた。これ以上選択肢増やしたら歌手としてやれないんじゃいの?」

 風の怪物は歩歌に追い討ちをかけるように言い続けてきた。

「そしたら歌手をやれなくなったらまた凡人の生活に戻れるんじゃないの? また友達と一緒にいられるだろうし」

それを聞いて歩歌は胸がぐっとなった。それは友達を傷つけないようにするには歌手をやめるということだった。

(郁ちゃんが危ない目に遭わないようにするには、わたしが歌手をやめる……?)

 あまりにも現実で残酷な一言だった。漫画やテレビドラマでミュージシャンを目指す若者が両親や兄姉から「堅実な仕事に就け」と言われるように、怪物の台詞も正に同じだった。その若者は家族からこう必ず言われるのだった。

「夢なんか見ない方がいい」

 歩歌はその言葉で動きを止めた。風の怪物は静止した歩歌を目にしてほくそ笑む。

「どうやら理解したようね」

 そして歩歌に止めを刺すためにカラスが獲物に近づくようにのそりのそりと毛付で歩み寄ってくると、動きを静止させている歩歌が声を絞り出してくる。

「フフ、そうよね……。夢なんか見てたら現実が見えなくなるものよね。夢は易々と手に入るものじゃない。だけど……」

 歩歌は怪物に向かって顔を上げてくる。

「夢があるからこそ辛い現実に立ち向かうことが出来る。わたしは自分の意志とお父さんや友達の応援のおかげで歌手になれた。

 ライバルの嫌がらせや敵との争いもあるけれど、わたしはわたしのために歌手として立ち向っていく?」

 その時だった。歩歌のチャームと両耳のイヤーカフの飾り石が純白に輝きだして、歩歌を包み込んだ。

「ぐっ……!」

 風の怪物はその眩しさにまぶたを閉ざし、更に輝きが治まると海鳥の翼に包まれた歩歌が出てきて翼を広げると進化した歩歌が姿を見せる。

 白い翼型の袖と五線譜とト音記号をあしらった白地に金縁の肩出しドレスと藍色のハイネックインナー、両手は藍色のグローブ、足元は白いサポーターに藍色のフラットシューズ、頭部は金色の三又型ティアラで両端に白い翼型フリル、中心に白い宝石が付いていた。

「まさか、貴様も進化するとは……」

 怪物は進化した歩歌を見て後ずさりする。歩歌も進化した自身を目にして一度は目を丸くするも、進化出来たのならと話は早いと考えて怪物に立ち向かう。

 歩歌はフルートステッキを出して今度は横笛状にして音を奏でる。聖なる音色が流れてくると怪物には効いたのか頭を抱えだす。

「うぐぐぐ……。この演奏をやめろ?」

 怪物は片腕を振るって歩歌に旋風をぶつけようとしてきた。しかし歩歌はとっさに危機を察して大きく宙返りして怪物が出してきた旋風を避けて、旋風は屋上のへりから落下していった。

 歩歌は宙返りをしながら歌と超音波を同時に出すセイレーン=フォルテシモウェーブを発動させ、風の怪物は以前よりも強くなった歩歌の攻撃に堪えて、更に怪物の周囲の足元にも亀裂がピシピシと入り出す。

 歩歌は団地の住民にも迷惑がかかることに気づいて超音波攻撃をやめて何とかして怪物だけでも倒して団地には被害を出さないようにしようとした。歩歌と怪物は肉弾戦でやり合い、歩歌が怪物の鳩尾に拳を入れたり怪物が歩歌に蹴りを入れたりと乱闘する。ようやく歩歌が怪物を宙に放り上げて、フルートステッキを出して新しい技を発動させる。

「行き進め天空を舞う鳥、セイレーン=ヘブンズプレストマーチ!!」

 歩歌がフルートステッキを奏でて無数の音符弾が集まって、一羽の巨大な海鳥となって怪物に突進してきた。怪物は海鳥に?み込まれて、純白の激光とともに消滅した。夜空が一瞬まぶしくなったが、団地やその周辺に住む人々は違和感を感じるも、すぐに治まったので気にすることはなかった。

「や、やった……」

 歩歌は風の怪物を倒して自分も留美のように進化出来たことを実感すると、胸をなでおろしたのだった。


 それから歩歌は三階の階段の踊り場に入ってから変身を解き、自分の家の世帯の玄関戸を叩いた。すると会社から帰ってきて娘の帰宅が遅くなって気になっていた父が姿を見せたのだった。

「歩歌、今帰ってきたのか! もう八時半過ぎているぞ!」

 娘がなかなか帰ってこないので歩歌乃父は娘の帰還を目にした後、歩歌は父に遅くなった理由を話す。

「ごめんなさい、お父さん……。その、友達が危ない目に遭ってて、助けるのに手間取っちゃって……」


 本当は怪物と戦っていたなんて口が裂けても言えなかったので、歩歌は嘘をついた。

「友達ってのは今の学校の子か? それとも前の学校の子か? でもお前がちゃんと帰ってこれて良かったよ。そしたら死んだ母さんに顔向けできないしな」

 父は歩歌が戻ってくると家の中に入れたのだった。


 歩歌は夕食と入浴を済ませると自分の部屋に戻って、貝型通信機シュピーシェルを出して留美に今夜の出来事を伝えることにした。

 歩歌のシュピーシェルの上蓋に留美の顔が映し出される。

『どうかしたの、歩歌ちゃん?』

 留美が自分のシュピーシェルが突然鳴ったのを察すると、歩歌からの連絡だと気づいて通信に出る。

「うん、実はね……」

 歩歌は自分の身に起こったことを前日の昼から始めて今日の夜までの経緯を話した。

『そうか、歩歌ちゃんも〈進化の装具〉が発動して郁子ちゃんを自動車に轢かせようとした風の怪物をやっつけたのね』

「うん。でも郁ちゃんはわたしの顔にケガしたことを気にしてたみたい……」

 歩歌は石童マネージャーにきつく言われたことを留美に話した。

『マネージャーさんがこんなこと言ってきたんじゃ凹むよね。歩歌ちゃんの体を気遣ってくれたんだろうけど……』

「わかってくれているのはいいけど、次に会ったらはっきり言うよ。『郁ちゃんはわたしの友達だからつき合いは続けます』って。わたしは今の生活も中学からの友達のやり取りも続けていきたいの」

 二選一択とうけれど、どっちも失う訳にはいかない。欲張りかもしれないけれど、これが歩歌の出した答えだった。


 水曜日、歩歌は浄美アートアカデミーで授業を終えた後、石童マネージャーと共に仕事先の歌練習に行く途中の自動車の中で郁子との件を伝えたのだった。

「石童さん、わたし郁ちゃんとの関係をやめたくありません。わたしは郁ちゃんを助けようと精一杯だったので次の仕事のことを考えてませんでした……」

 運転しながら石童マネージャーは車内ミラーで歩歌の様子を目にして歩歌が友達を失くしなたら芸能活動に支障が出ると感じてこう言ってくれたのだった。

「そうね。わたしも言い過ぎたと反省しているわ。だけど顔は決して傷つけないようにしてね」

 石童マネージャーの言葉を聞いて歩歌は歓喜した。郁子と気まずい別離をしなくて済むと。

「ありがとうございます。今度のわたしの誕生日に郁ちゃんと石童さんを呼んでお祝いしませんか?」

 歩歌は石童マネージャーに訊いてきたのだった。前にできた友達と手に入れた今の生活、どっちにとっても歩歌のかけがいのない守るものだった。