2弾・11話 デコリ、利恵子を訪ねに行く


 七月の始まり、栃木県西南にある織姫町の町立織姫中学校では全校生徒が春学期の期末試験を受けていた。

 中学校と高校の期末試験は国語・英語・数学・社会・理科の他に実技四教科の保健体育・技術家庭科・音楽・美術もあるから勉強時間を上手く振り分けないと点数の良し悪しが出てしまうのだ。

 それでも稜加は追試と補習は受けないように勉強してきた。三日目の三番目を終えると、誰もが達成感を出したのだった。

「終わった〜」

「中学校最後の大会の練習に出られるようにしねーとな」

 特に運動部や吹奏楽部などといった大会のあるクラブの生徒は夏から秋の半ばにかけて行われる県大会で全力を出そうと必死だった。

「うう〜、頭クラクラする〜。頭痛治まるまで受験勉強休んだ方がいいかな……」

 稜加も机の上に突っ伏して期末試験の勉強と本番にくたびれる。

「稜加ぁ、大丈夫〜?」

 ポニーテールに高めの背の百坂佳美と数人の女子が机の上で突っ伏す稜加に声をかけてくる。

「うん、まぁね……。でも追試は受けないようにしないと……」

「稜加はやんないといけないことに必死になるとさ、後でとり返しのつかないことも起きるかもしれないよ。今日帰ったら休めば?」

 佳美が気遣って言ってくる。

「うん、ありがとね、よっちゃん……。よっちゃんも県大会の練習あるでしょ……」

「あたしもバレーボールの大会に出られるように頑張ったし。だけど稜加の方が成績が上じゃない」

「おれも県大会に出られるように、十二時まで勉強して……ふわぁ〜」

 玉多くんが欠伸をしながら稜加と佳美に声をかけてきた。

「玉多くん、実際はよく寝た方が勉強に対する意欲がはかどるんですよ。いつもより多い勉強をするために寝る間を惜しんだのはほめますけど」

 学年一の優秀な頭脳を持つ那須稔君が玉多くんに向かって皮肉を言ってくる。那須くんは父親が物理工学者で母親が大手銀行勤めの有能な知能を持っている。高校は栃木県内の最高偏差値の県立高校か名門大学の付属高校を志望している。

 中学卒業後の進路なんて、みんな地元の高校に行く訳でもないし……と稜加は那須くんの台詞を聞いて同感した。

 期末試験が終わるとクラブ活動が午後にある生徒は弁当や店の昼食を持参して中学校に残り、クラブ無所属や活動のないクラブ生徒は帰宅していった。

 稜加も佳美や玉多くんと別れて織姫中学校から南下して十五分歩いた先の自宅に戻ることになった。

 陸の中にある盆地は平地の多い地域とは違って夏は極端に暑く、冬は極端に寒く、日差しが照りつけ地面のコンクリートの道路や歩道のブロックが熱気を増している。織姫中学校の周囲と通学路は住宅街だが、どこの家も暑さのあまり家の中のクーラーで涼んでいるか、節電対策のため大型スーパーなどの施設で夕方まで過ごしている人もいて、外にいても帽子をかぶって首に冷やしマフラーをして道脇や庭の草むしりをする老人もいた。飼い犬は庭木の日影に寝そべったり玄関のポーチで日射対策を施したりしていた。この季節はカやアブなどの虫も多く虫刺されにも注意しないといけない。

 朝はまだそんなに暑くなかったからともかく、昼の今は七月初めでも三十度を超えており稜加の制服のシャツも下着も汗でベトベトだった。朝は歩いて十五分に対し、夏の帰りは休み休みを入れて二十二分もかかった。

「ただいま〜」

 稜加は両親が働きに出ていて弟と妹も小学校にいる中、玄関の鍵をかけて引き戸を開けた。住人不在の一ノ瀬家の自宅はどこもかしこも窓も雨戸も閉め切った状態だったので、薄暗さの中に暑さがむわっとする。

 玄関から入って近めのふすま戸が稜加の部屋であった。急いで部屋の中二入り、ふすま戸と真向いの窓を網戸にして換気をし、押し入れのタンスから新しい下着とTシャツとショートパンツを引っ張り出して、玄関前の洗面室で服を脱いで風呂場でシャワーを浴びた。

 夏になったら一度外に出たらシャワーを浴びて汗を流して服を着替えるのは多くの家庭での習慣で、稜加も学校が終わると帰宅後のシャワーを浴びていた。

 シャワーの水滴をタオルでぬぐってTシャツとショートパンツを身につけると制服のシャツと靴下とハンカチタオルを洗濯機の中に入れて、風呂場と脱衣所の隣の自室に戻った。

 冷暖房のある部屋は居間兼両親の寝室だけ。三姉弟の自室と祖父母の遺影がある仏間に冷暖房はない。三姉弟の部屋には扇風機が一台ずつ置かれていた。

 いきなり強にすると体に悪そうなので稜加は扇風機のスイッチを中にして涼んだ。ブォー……、と回転音がして稜加はひとまず外で受けた体の火照りを下げたのだった。

 すると稜加の部屋のチェストの中に入れていたピンク色の本型の道具が開いて、その道具の窓からリボン状の髪のマスコットのようなキャラクター――精霊デコリが現れる。


 試験日はいつもの学校の日と違って、稜加は早く帰れてその上両親はクリーニング店、弟妹は小学校にいるのでのびのび出来た。中学二年生の終わりまでは稜加の帰宅が早くても両親に言われて弟妹のお迎えに行っていたけど。

 稜加は台所でデコリと食べる昼食のチャーハンとサラダとインスタントスープを作ってエアコンの効く居間で食べたのだった。夜になると両親が布団を敷いて眠り、朝から夜九時まで一家全員で食事したりテレビを観たり休日は弟妹がゲームやDVD鑑賞をしたりする部屋で、八畳の畳間に戸棚やドレッサーなどの家具が置かれている。

 稜加とデコリは食べ終えると、デコリは稜加に訊ねてくる。

「稜加、受験勉強は?」

「うーん……。試験勉強の二週間は受験勉強を休止させてたからなぁ……。居間の私室は暑いし扇風機も効かなくなるしなぁ〜。エルザミーナの世界じゃあ冷暖房はマナピースで凌いでたんでしょ?」

「うん。どの家にも壁に冬なら炎、夏なら水のマナピースで寒さや暑さを凌いでたからね。だけどそんなに長持ちしないから蓄えを買うか野生のマナブロックを見つけるかレア度の高いマナピースは高値だけど一冬一夏持ったって」

 デコリの話を聞いて稜加はマナピースを使うのが当たり前のエルザミーナの世界では冷暖房は電気もガスも水道も要らないことに多少羨ましがっていた。

「あ〜あ、それからエルザミーナにも季節に合わせたリゾート地があるんでしょ? 夏の日本ならハワイや沖縄、冬の日本なら北海道や長野のスキー場っていう風に」

 稜加がデコリにリゾートのことを訊いてみると、デコリは手を組んで思い出そうとする。

「う〜ん、どうだったっけ? 利恵子と旅していた時、どこの国に何てリゾート地があったかなんて……」

 どっちの世界の人間よりも長く生きられる精霊とはいえ、五十年以上も過去なんてのは新しい記憶に埋もれてしまう。ましてやデコリは利恵子がエルザミーナから戻ってきた時についていったのはいいが、眠りのマナピースが入ったままのスターターの中にいたため、利恵子と過ごす筈が利恵子の学校後の生活も結婚も子供や孫の誕生もそして五十年目には亡くなったことを知らずに時を越えたのだった。

「あ〜あ、試験勉強し続けてきたから頭がパンパンですっきりしないし。そうだ、居間で一時間ばかし昼寝してから後回しにしていた受験勉強をやるかどうか決めようっと」

 稜加はそう判断すると居間の押し入れから母のタオルケットと枕を出してからクーラーの効く居間で昼寝をし、デコリも時間が来るまで待っていることにしたのだった。


「稜加、起きてよ。もう一時間経ったよ」

 クーラーの効く居間で気持ち良く昼寝していた稜加はまぶたを開いて反対に開けていた口を閉じて起きた。

「あ〜、よく寝た。でも自分の部屋は扇風機つけていても暑いからな〜。そうだ! 康志と晶加が帰ってくるまで居間で受験勉強しようっと」

 稜加はそう思いつくと一たん自室に戻って高校受験の問題集を持ってきて受験勉強を始めたのだった。午後に入ると二〜三時間は

とても暑くなるので、この案は上手くいった。三時十分前になると稜加はそろそろ康志と晶加が帰ってくるのが近づいてくると、エアコンだけはそのままにしてデコリと問題集、それから台所で今日のおやつである濃厚チーズティラミスを持って自室に戻っていったのだった。

 デコリは稜加の住む世界に来てからコンビニスイーツ好きになっていた。れっきとした製菓店やカフェのメニューと同じのが多くあってしかも三百円以内で買えるのもあって手頃なのが魅力なのだ。稜加のおやつ代が百円そこそこだとスナックや小粒チョコといった安くて乾いた菓子になってしまうが、デコリはおやつが食べられるのなら何でも良かった。

 やがて康志と晶加が帰ってきて二人とも冷蔵庫からアイスバーを取り出してクーラーのある居間で食べて宿題をしたのだった。夕方になると康志は洗濯物をしまって晶加が持ち主ごとに分けて畳んで康志が居間の埃を箒で掃いて、廊下と台所の床板は風呂水の残りで水拭きして磨いたのだった。

「リョーねえの高校の受験勉強、終わってくんないかなぁ。そしたらおれクラブに専念できるのにな」


 テスト期間が終わった後の学校の土曜日、稜加はこの日の受験勉強は一日に一教科を一時間ずつやる習慣をつけていた。入試の日は七ヶ月先だけど、学校行事もあるし佳美の中学最後の大会もある。もちろん受験勉強の息抜きも必要だ。

 稜加が自室の机に向かって受験勉強や宿題をしている時、デコリは稜加の部屋の漫画や児童文学、稜加がデコリのために図書館から借りてきた絵本を読んで過ごしてきた。

「ねぇ、デコリ。明日、出かけたいとこあるんだけど」

「なぁに? また入学したい高校を訪ねに行くの?」

「いや、陽之原高校は夏休みに入ったら見学会があるから。ずっとデコリをあそこへ連れていこう、って思ってて……」


 次の日は日曜日で稜加は朝のテレビ番組を見終えた後昼食まで自室で受験勉強をし、正午になるとクリーニング店ヘ行っている母に代わって昼食の冷やし中華を三人分作って康志と晶加と一緒に食べた。稜加は受験生になるんでは父と一緒に祖父の遺したクリーニング店で働くようになった母に代わって家事の大方を受けていたが、休日の昼食と夕食作りは稜加がやっていた。

 昼食が終わると稜加は室内で過ごすTシャツとショートパンツのラフな服装から白いワンピースと麦わら帽子に着替えて、更に肩提げの大きなトートバッグを出してバッグに財布や携帯電話などの必需品、そしてデコリを入れて玄関へ行って居間の服装に合う茶色のゴムベルトサンダルを履いて家を出る。

「康志、晶加。お姉ちゃん用事があるから出かけていくねー」

「はーい」

 康志と晶加はエアコンのある居間でくつろいでおり、生返事をした。稜加は物置近くに停めている自転車の一台を引っ張り出して前かごにトートバッグを入れて更にひったくりに遭わないように防犯ネットをかけて自転車をこぎだしたのだった。

「稜加、どこ行くの?」

 デコリがトートバッグから顔を覗かせて自転車をこいでいる稜加に訊いてくる。

「それは着いてからにして。今知られると後でつまらなくなるでしょ」

 稜加はデコリにそう言って道路脇沿いの道を走り、空には雲が細かく浮かんでいて太陽がうざったい程暑く照っていて、町の家々では主婦が庭や門前に水を撒いていたり子供たちがビニールプールで涼をとったり公園では日陰にビニールシートを敷いて寝転がっていたり木の下のベンチで休んでいる人も見かけた。途中、自販機で桃味の天然水のペットボトルを買ってのどを潤し、デコリにも蓋で飲ませた。

 家を出てから十分くらい経った頃、自転車が停められ稜加はデコリを入れたバッグを引っ張り出して石の塀の中の敷地に入る。

「うわっ、ここって……」

 デコリは稜加が足を踏み入れた場所がお墓だったことにギョッとする。エルザミーナの世界の墓場と違って縦にして四角柱の黒や灰色の墓石には卒塔婆と呼ばれるお経の書かれた板も添えられており、デコリにとっては卒塔婆が気味悪く見えて怯えていた。

 稜加は水汲み場で墓参り来た人が使うひしゃくと桶を持って桶に石の水溜から水を汲んで墓場の一角にある墓前の前で止まる。

「じょら、デコリ。ここが我が家のお墓だよ」


 稜加はそう言ってデコリに祖父母の眠る墓をデコリに紹介する。暗い灰色の立方体で下に二段の長方形を積み重ねた形になっており、一番下の敷石からお供えの花を立てる穴、真ん中の凹みには緑色の線香を立てる灰だまりがあった。

『一ノ瀬家之墓』と表面に刻まれ、その横には祖父母の名前と享年年が刻まれていた。一ノ瀬利恵子・一ノ瀬文吾と。

 稜加はジュースの他、寄り添った店でお墓に添える花を敷石の穴の中に入れる。黄色い菊に今の季節らしく小さな白百合、紫色のラベンダーを立ててひしゃくで水を注ぎ、さらに家から持ってきた仏壇用のマッチとロウソクと線香を立てて火をつける。ロウソクの火が揺らめいて線香からは白い煙が出る。デコリには線香の匂いは慣れていないため両手で顔を押さえた。

「おばあちゃん、デコリを連れてきたよ。おばあちゃんが亡くなった後に姿を見せたんだけどね」

 稜加は墓前に手を合わせて合掌し、デコリも合掌する。

「おばあちゃんは知らなかったけど、デコリはエルザミーナよりおばあちゃんと過ごす方を選んだんだよ。だけど、おばあちゃんはデコリがいるスターターの中に眠りのマナピースを入れっ放しにしてたから、デコリのことに気が付かないまま過ごして亡くなったんだよね」

 稜加が祖母の墓前にこう言うと、デコリはかつてのパートナーの死に目にもあえずに利恵子といられなかったことに辛さを感じた。

「おばあちゃん、わたし二ヶ月前にエルザミーナに飛ばされてね、レザーリンド王国の災厄を打ち払ったのよ。それでね……」

 稜加は二ヶ月前の出来事を祖母の墓前に伝え、今の家の状況や受験生でやりたいことをやれる高校に入るための受験勉強もしていることを告げた。

「……修学旅行はね、前に住んでいた千葉県の幕張市でね、小学校までの友達とも再会できて……」

 稜加は祖母の墓前で自分の二ヶ月半の経歴を語っていくと、デコリにも祖母似何か言うようにと促した。

「デコリもさ、利恵子おばあちゃんに何か言いなよ。ほら」

 デコリは稜加のバッグから体を乗り出すと、一ノ瀬家の墓の前に立って両手を合わせてまぶたを閉ざして拝む。

「利恵子、デコリは生まれた世界のエルザミーナよりも利恵子と一緒にいたかったよ。でも利恵子はデコリが目を覚ます前に亡くなっちゃったんだよね。稜加の気配を察した時、ようやく利恵子といられると思ったら利恵子の孫だった。だけど稜加とはいられるって嬉しかった。ありがとう、利恵子」

 夏の日差しで墓前にかけた水が次第に乾いて蒸発していく。

「デコリ、おばあちゃんは喜んでくれているよ。デコリが来てくれたことを」

 稜加はデコリを抱えてバッグの中に戻すと、祖父母の墓に踵を返して家に帰っていった。

 帰りの自転車、稜加はデコリにあることを教えてきた。

「デコリ、日本にはお盆という風習があるんだよ。お盆っていうのは、一年間の数日の間にご先祖様の魂が戻ってくるんだよ。もちろんおばあちゃんもね。デコリは精霊だから、おばあちゃんの霊が見えるかもね」

「お盆? それっていつのこと?」

「八月八日から一週間の間のことでね……」

 空の太陽は西に向かっており、一瞬涼しげな西風が吹いてきた。