2弾・6話 ジーナの村生活


 レザーリンド王国の東部にある森には周囲に沿って造られた村があった。レンガや漆喰で造られた円筒形の家屋は円錐の屋根で、世帯によって屋根と壁の色が異なり、また家畜を扱っている世帯では家屋の傍らに木製の小屋を建てて豚や羊、ガチョウや鶏を育てていた。
 その村の薄茶色のレンガ壁にモスグリーンの屋根の家では母親と五人の子供と守護精霊が住んでいた。一家の主である父親は二年前に事故で亡くなり、母親と長子である長女が暮らしを支えていた。
 朝起きて子供たちは母親が作った朝食の雑穀オートミールと黒麦パンを一切れずつ食べて、長女以外の子供たちは村の学校に出かける。
「行ってきまーす」
 母親と長女と精霊は二人の息子と二人の娘を見送ると母は食器洗い、長女はは森へ行って木を切りに行く。
「それじゃあ、行ってくるよ」
 家の長女は赤い髪を三つ編みポニーテールにし、カーキ色のつなぎと厚手の編み上げブーツの服装で必要な道具の入ったナップザックを背負い、腰の鞘に斧を提げる。
「ああ、行ってらっしゃい。弁当はどうするの?」
 長女と赤い髪に褐色の眼をしてほっそりした母親が尋ねてくると、長女は答えた。長女の眼は鋭角な菫色で背丈は高くややいかり肩であった。
「ウッダルトに届けさせて。後で一緒に帰るよ」
 ウッダルトとは三頭身で、木の葉状の緑の髪に樹皮のような衣をまとい、紺色の眼を持つ、男の精霊であった。
「おうよ。おいらも後から行くぜ」
 ウッダルトが答える。同じ村の人たちも牛や豚などの家畜を野原へ連れて行って放牧させたり、大きく肥えさせたガチョウや鶏を木の檻の中へ入れて荷車に乗せて他所の町村へ運んで行ったり、村の外にある畑へ足を向けたりとしていた。
 森の中は木肌や葉の形や花の色も異なる木々が自生し、木の根元には色も形も異なる草花や山菜やキノコが生え、森に棲む小鳥がさえずっていて草花の周りをミツバチやハナアブが飛び回り、房尾のリスや茶色の山ウサギが地面を駆け回っていた。
 赤毛の少女は森に入って四分の一里入ったところで依頼された木を探し、その内の一本――真っ直ぐになっていて幹も太く堅木のようなギザギザの葉の木を見つけると炭で切れ目を作ってそこに斧の刃を当ててカーンカーンカーンと音を立てて木を切り出した。今は春の終わりで気温は高く風も生暖かいが、森の中は多くの木々で空が遮られていたので涼しく、その隙間から木漏れ日が森の中を照らして光のまだらを出していた。
 木を切るのは時間がかかるし力もいるけれど、学びも少なく考えるのもそこまで得意でない彼女にとって林業は適職だったのだ。喉が渇くとナップザックから母が入れてくれた柑橘類の皮をつけこんだ水で喉を潤した。今の時期では真水では途中で水が腐るからだ。
 それからどれ位が経ったのだろうか。少女は次第に空腹を感じて、そろそろ昼時だと察した。その時、弁当の籠を持ってきた精霊のウッダルトが浮いてやってきたのだった。
「おーい、ジーナ〜! 弁当持ってきたぞ〜」
「おお、丁度良かった。来ると思ってたのよね〜」
 林業者の少女、ジーナは昼食の訪れに喜んだ。そしてウッダルトと一緒に母が作ってくれた弁当を食べたのだった。籠の中には生野菜とハムとクリームチーズを挟んだ黒麦パン、赤ワイン入りの小瓶に魚のスープが入った金属の筒、デザートとしてさくらんぼが五、六粒入っていた。
 ジーナとウッダルトは近くの平たい岩の上に座って弁当を分け合う。樵や農夫、漁師や大工などの体力を使う者は力の出る具材を必ず好む。
「おっかさん、今どうしている?」
 ジーナがハムチーズサンドをかじりながらウッダルトに訊いてくる。
「ジーナたちが家を出てから洗濯と家の中の掃除をやってから弁当を作ってたな。この魚のスープ、海魚のムチェの缶詰で作ったんだぜ。うちじゃ川魚しか食えないからな」
 ウッダルトが今日の昼食を説明をしてくる。
「ああ、そうなんだ。あれから二ヶ月かぁ……」
 ジーナは呟いた。ジーナの言う二ヶ月前というのはレザーリンド王国の王位奪還の件であった。
 エルザミーナの世界のどこかで災厄が訪れる時、天から放たれし金の光が降りし場所に住まう者が救済者となる伝説――。七年前、ジーナがまだ十歳だった頃、ジーナが父と森の中にいる時、天の光が落ちてきて光が落ちてきた場所に白地に虹色、人と精霊が一体化した浮彫のマナピースがあったのだった。ジーナ父娘はそれを拾って小箱に入れて家の一角にしまい、ベック家のお守りとして安置したのだった。
 今から一年前にレザーリンド王国のロカン王がいつの間にか病にかかって次第に衰弱していって崩御した時は誰もが悼んだ。そこまでならともかく、正当な後継者であるイルゼーラ姫が王城から失脚し、ロカン王の後妻であるガラシャ王妃が王位を継いだと知った時、「ガラシャが継子のイルゼーラ姫を蹴落として女王になった」と国民たちの間でうわさが流れ、ジーナもそれを信じたのだった。
 ロカン王が亡くなりイルゼーラが姿を消し、ガラシャが女王になったレザーリンド王国では国民に対する制限や義務が増設されていき、都市部では過去の三割増しで町村や地方都市では一割増しの課税、日暮れ以降の国民の外出禁止で破ったら罰金か禁固一ヶ月、反乱の疑いがあれば軽くて辺境に一ヶ月左遷で最悪死刑といったガラシャ女王にとって都合のいい改変であった。またガラシャ女王はならず者を雇って自分の部下にして、自分に反逆してきた者を罰すると高い報酬もしくは爵位を与えてきた。
 国民たちの不満と怒りの募る中、イルゼーラ姫が異世界からの救済者と共に現れ、またジーナもレザーリンド王国の救済者だと判明した。イルゼーラと異世界人である一ノ瀬稜加と出会った日、ガラシャ女王の追っ手がジーナの弟ダールと妹ニーナを人質に取り、追っ手の戦力である魔変人形(ミスティックプーペ)がイルゼーラと稜加を追い詰めた時、ジーナと精霊ウッダルトの心がシンクロして救い手の能力を駆使して追っ手を退けて弟妹を助け出したのだった。
 イルゼーラが王位を取り戻した後は一ノ瀬稜加は自分の世界に帰り、ジーナや他の救い手も自分の出身地に戻っていったのだった。ジーナは自分の村に帰る前にイルゼーラからの礼として王室御用達の食材の有名牛肉や鴨や羊肉、魚やカニの缶詰瓶詰、名産品の野菜や果物を受け取ったのだった。その女王からの報酬を村人に分けたり他の村へ行って売ったり物々交換して前よりも豊かな生活になったが、ジーナは林業者として生活していた。
 昼食を済ませるとジーナは再び木を切り出す。午前中は半分ほど切り込みを入れていたので次は反対側の方から斧で叩いて刃を打ち込む。午前中と違ってさっきより力が増していた。切り込みが反対側と同じ深さになると、ジーナは木を押して木は根元からメリメリと音を立ててドサーンと横に倒れた。
「この木の中に鳥の巣やリスとかは棲んではねぇようだな」
 ウッダルトが切り倒した木を確認してジーナに教える。ジーナは切り倒した木の根元を担いで村まで引きずっていった。ジーナは女ながらも剛力の持ち主で、幼い頃から村の内外で荷物運びをやっていたので慣れていた。
 ジーナが森を出て村に戻ると、ジーナに依頼してきた男が村の中で待っていたのだ。男はやせ型で仕立てのいいジャケットとスラックスに蝶ネクタイを身につけていた。
「ああ、ジーナ=ベックさんですね? どうもご主人さまの新しい家具となる木材を運んできてくれてありがとうございます」
「いえいえ、そんなことは」
 ジーナは依頼人の男――ある富豪の執事に返答する。ジーナが持ってきた木は男の部下の筋肉質の巨漢二人が持ち上げて荷車の上に乗せた。荷車には通常の馬よりも体の大きいノルスデンフーフが二頭繋がれていた。ノルスデンフーフは北の地域で多く生息している馬で、太めの脚に大柄の体格と毛深い鬣に尾が特徴で、レザーリンド王国のような冷暖同等の地域では貴族などの富裕層ぐらいが所有することもあった。
 執事は小切手を取り出してジーナに渡す。
「はい。三ルーです。また依頼があったらお願いします」
 男は荷車に乗ってノルスデンフーフを操り、部下の巨漢も荷車の後ろに乗って二頭のノルスデンフーフは地ならしが出るほどの蹄音を立てて去っていった。
「はーあ、今日もよく働いたわ。さっ、家に帰るか」
 ジーナは今日の仕事を終えるとウッダルトを連れて自分の家へ帰っていった。
 ジーナの家では母が地下の台所で今日の夕飯作りをし、妹のニーナとフィーナが洗濯物を畳んで弟のダールとヴァ―ルは具材の野菜の皮や鶏の臓物の腸などの食べられない部分といった生ゴミを裏庭にある堆肥を作る桶の中に入れていた。
 堆肥桶は柔らかい土と生ゴミを入れて<ローターステアー>という無属性のマナピースを動かして堆肥を作る装置である。ベック家は畑を持たないが、小作農家に持っていけば物々交換で新しい作物を手に入れられた。
 ベック家をはじめとする森の周囲に造られた村――カンネテル村は家屋の中は三階建てと地下室付きで、一階が夫婦や家主の寝室兼居間とトイレ、二階と三階が子供部屋で男女別、地下室が台所と風呂場と食糧室として造られ、屋根裏は物置として使う世帯が多かった。
 食糧の保存は芋類や穀物の袋や砂糖などの調味料は瓶で仕分けされそのままであったが、肉や青果類や魚は種類別に分けた石櫃に入れて、水属性のマナピース<フロストキープ>で保存して食べる時は室温、早く食べたい時は火属性マナピース<スチームウェーブ>の金属製の箱で解凍する。
 台所の横長食卓に座ってベック夫人と五姉弟とウッダルトは夕食を食べる。レザーリンド王国の国民たちの食器は木で出来た皿や鉢、フォークやスプーンも木製で、金属類は中流以上の階級が使い、陶製の食器は高級品であった。
 ジーナ以外の子供たちは村の学校に通っていて十五歳になると義務教育が修了し、その後はもっと環境の整った町村の上等学校もしくは技能学校に進学受験するか村の農家や店や工房で働くか村から何里も離れた工房や店で奉公するかどれかに分かれていた。
 食事の後は水属性<バブルウォッシュ>で皿を洗い、風呂は水属性の<カレントウォーター>で水を張って<スチームウェーブ>で温めていた。
 全員の入浴が終わると、ダールとヴァ―ルは三階、ジーナとニーナとフィーナは二階の部屋で寝入っている。室内は中心に螺旋階段、方角の四方に十字枠の円窓があり、螺旋階段の南に出入口のドア、厚手の布のハンモックベッドが三つあって、両端は柱に巻き付けていた。床は白い漆喰の上に木板を敷き床にカラフルな織込みのラグも敷かれ、机と棚は壁に合わせて曲線状に作られ、姉妹の衣服の籠に入れて分けられていた。
 ジーナも村に戻って毎日森へ行って木を切り家具や新しい家の木材となる木を運んだり、薪にして他村へ売ったりとしていくうちに、ジーナは弟たちが働けるようになるまでずっと同じような生活をしていくのは何か単調で地味に思えてきたのだった。カンネテル村では四季の入れ替わりの祭りや結婚や村長の誕生祝いはあるけれど、それは一年の全体のわずかであった。

 ある日、ジーナはいつものように森へ行って木を切って、ウッダルトが弁当の籠を運びにやってきて一緒に食べている時にジーナはウッダルトに思い切って相談してみた。
「ウッダルト」
「何だぁ?」
 二人は母が作ったそば粉のパンケーキと付け合わせのゆで卵やハムやサラダ菜を食べていた。
「あたし、カンネテル村を出て他の村か町で働いてみようと思う……」
「な、何だよ、急に。ジーナらしくねぇな」
 ウッダルトがジーナに訊いてくると、ジーナは言い続ける。
「もちろん今すぐじゃなくってね。誰かからの紹介とかがあったら他の村へ行って働きに行こう、と。住み慣れた村にいるのも何かと思ってね」
 それを聞いてウッダルトはこう返事してきた。
「多分それはいいんじゃないのか? おっかさんはジーナが女王と一緒に旅をした時は許してくれたし」
 ウッダルトが言ってくると、ジーナは森の天井の木々の枝で遮られた木漏れ日を見つめたのだった。
(どうせなら、ダールが学校を卒業してからにしようかな……)