2弾・7話 マナピース浮彫師エドマンド


 レザーリンド王国のオスカード市近くの大平原と岩地に囲まれたアルヴァ山。そこは鉱物資源の出る地域で、鋼鉄や鉛といった建物や乗り物のパーツになる金属の他、大地属性や鋼属性のマナブロックの採掘も多かった。

 アルヴァ山の店や家屋、公共施設は石を四角く切ったブロックを積んで作られ、馬より小さなロバが荷車を引いたり人を乗せたり、屈強な体格の鉱山夫や運び人がかいがいしく働いていた。

 自然エネルギーの残りかすが結晶化したマナピースは場所によって何属性が出てくるか決まり、例えば森や草原なら樹属性、海や水辺なら水属性という風に発生するのだ。マナブロックは塊ならば乗り物の動力源となり、洗浄などの生活に使う場合はマナピースという四角い小さな板状にしてマナピースをはめ込む枠の中に入れて道具を動かしたり、スターターと呼ばれる本型のアイテムを使って効力を発動させている。違う属性のマナピースを二つ以上使うと、例えば風を起こすマナピースと回転のマナピースを合わせると小さな旋風を出すことが出来るのだ。

 マナピースを作る職業の中に浮彫師があって、小さな板状のマナピースの浮彫の紋様を彫るのが役目である。アルヴァ山にもマナピース工房があり、そこには親方と三人の職人がいた。工房の中はマナピースを削るやすりや細工ナイフなどの金属製の道具や広くて丈夫な作業台がいくつかあり、道具は回転させて薄く切る砥石、マナピースを薄く切る機械はケガをしないように設計されており、浮彫用の固定台で四角い板状のマナピースの表面を彫る職人はやたらと若かった。

 黄色がかった肌に細身ながらも筋肉質で背丈は大柄な親方や先輩職人程ではないが高めで灰茶色の髪を白い麻布で覆って切れ長の瑠璃色の瞳はマナピースに向けられ、厚手布のエプロンに黒いシャツと灰色の作業パンツの服装。両手は皮の手袋をはめてゴリゴリと彫刻刀で浮彫の紋を彫っていた。

 マナピースの紋様は属性によって合わせられており、赤い炎属性に水属性の泡の紋様を入れることはないのだ。というのも、古代のマナピース浮彫師が試してみたところ、そのマナピースは発動しなかったからだ。またマナピース浮彫師は資格はないが、マナピースの鼓動がわかる精霊のいる人間もしくはその震源でないとなれないのだ。

 少年はマナピースの浮彫が終わると磨き布でマナピースを磨いて白い半透明のマナピースには×から〇の矢印が刻まれたのを確かめた。

「よーし、そろそろ昼飯の時間にすっかぁ!」

 親方がマナピースの研磨などの作業をしている職人たちに伝える。少年もマナピースの浮彫に手を止めると「そうですね」と賛同する。すると工房に一体の精霊、赤と黒の体に鋭角な角を生やして肩や腕や脚にも突起がある男の精霊が空の箱を持って浮きながら入ってきた。

「親方たち〜、受注のマナピース七種七十個を問屋に送りました〜」

「おう、ご苦労だったなラッション。昼飯後もまだ続くからな」

 ラッションと呼ばれた精霊は空箱を工房の片隅に置くと、少年の方によってくる。親方と職人たちは工房を出てアルヴァ山の集落の食堂へ足を向けた。

 アルヴァ山の集落の食堂は労働者たちの安息の場所の一つであった。多くの男たちが今日の昼食を水属性のマナピースで冷やしてあるサラダやデザートや冷製ハムなどの皿をガラスケースの棚から取り、その隣のメイン料理とスープとパンと米の器を厨房の女たちから受け取る。料理は肉料理二種類魚料理一種類のどれか一つを選び、パン一つか米飯のどちらかを選びスープも出汁系かクリーム系を選んで長椅子と長卓の空いているところに座る。

 アルヴァ山の集落の食堂では毎日にぎわい昼食までの労働の疲れを癒し昼食後のエネルギーを蓄え、精霊ラッションのパートナーのエドマンド=フューリーも親方も先輩職人も毎日ここに来ていた。違う職場の働き手同士が冗談を言い合い、近隣の町や集落の出来事を語り合っていた。

 エドマンドはこの日は緑野菜のサラダと川魚パセンのソテーと草原人参のクリームスープを頼み精霊ラッションにも分けてあげた。食事が済むと会計台まで運んでいき、受付の女性従業員に頼んだ物を書き込んでお金を出すシステムであった。

 エドマンドたちも親方たちも職場に戻って作業を開始させる。先輩職人が小さな板状にしたマナピースをエドマンドの元に運んでくると、エドマンドは作業台に座ってマナピースの一枚を手に取ってまぶたを閉ざして精神集中させる。

 エドマンドはマナピースの鼓動がわかる人間の一人だった。マナピースの九つの属性といっても一口に用途が分かれ、同じ火属性でも発火や熱気と様々なのだ。

(このマナピースに相応しいのは……これだ!)

 エドマンドの精神世界にマナピースの鼓動が伝わり、マナピースの能力のイメージが浮かび出た。それが決まると、エドマンドはマナピースを固定台に置き、平刀や丸刀などの彫刻刀を使って浮彫を削りだした。浮彫はオレンジ色の大地属性で中心に地面から岩が突き出た紋様で<グランドアップ>として出荷される。

 またマナピースは効果によって性能が高ければ高いほどレア度が上がり、値段も高くなるのだ。<グランドアップ>は工事現場や山登りに適したマナピースで、レザーリンド王国ではレア度星三つの価値であった。

 エドマンドや先輩職人や親方が工房で働いている間はラッションが報告書の整理や出荷などの事務を行い、また休憩時間に職人たちが飲むためのお茶を注いだり菓子を買ってくることもある。

 昼食後の作業開始から二、三時間後に職人たちは一たん休憩し、ラッションが沸かしてくれたお茶とお茶菓子を食べる。お茶は外の井戸から水をくみ上げてスチールやかんの中に入れて鉄板の上にやかんを置いて鉄板の四角い枠に炎属性のマナピース<グラデュアリーヒート>を差し込んで、右上がりに湯気が上がっていく浮彫が刻まれていた。鉄板の上のやかんの水が次第に熱くなっていき、丁度いいところで鉄板のマナピースを外してやかんの湯を茶こしに入れた茶葉をマグカップの中に一杯ずつ入れる。湯気と同時にこの地方でよく採れるセファラという茶葉の甘苦い香りが出てくる。

 親方たちは作業室とは別の場所にある台所の卓の丸椅子に座り、ラッションが入れてくれたお茶に丸いバターとミルクと蜂蜜が入った小型のケーキをいただいた。

「こーゆーシンプルなバターケーキにはセファラがよく合うよな」

 先輩職人のレフィードは二メートル近い背丈に肩幅の広い体格に浅黒い肌の青年でエドマンドより七歳上。細かいことよりも大がかりなことが得意。もう一人の先輩チェッコはエドマンドより背丈が十センチ高く、ひょろ長体型に丸眼鏡の合う二十一歳の男で彼はマナピースを削る正方形にするのが役目だった。三人の職人たちの上司のデュルトは四角い顔に大柄な背に筋肉質の体型でたくわえたあごひげが似合う四十三歳の妻子持ちである。

 休憩中チェッコが親方に訊いてきた。

「ああ、年上の息子たちは他所の町の学校に寄宿させているし、女房も日暮れ時の仕事に行かなくちゃなんねぇしな」

 デュルト親方は三男一女の子がいて、長男と長女はアルヴァ山の集落より遠くの町の寄宿舎付きの中等学校に通っていた。デュルトの妻は日によってだがアルヴァ山の集落の食堂で働いていた。

「もうおれもいい歳だし嫁さんもらおうかな」

 レフィードが呟いて他の村のどの娘と結婚しようか考えていた。

「レフィード先輩は女好きだから仮に嫁さんをもらったとしても、嫁さんの尻に敷かれそうな気がすっけど」

 チェッコが口を挟んでくるとレフィードが言い返してきた。

「いいじゃねーか、日頃の仕事の忙しさを紛らわさせる想像なんだからよ」

 レフィードとチェッコのやり取りを見て親方が笑い、エドマンドが無動無言で見つめていた。それからして親方が末息子の幼稚園から迎えるために他の職人たちが作業を行い、日入り時の半時前になるとアルヴァ山は飲食店を除いては仕事場の人は今日の作業を終わらせた。空はすっかり朱色と紫色になり日も赤く西に傾いていた。マナピース工房も後片付けと掃除をしてから職人たちは解散する。

「おつかれー」

「お疲れ様ですー」

 親方から工房の鍵を預かっていたレフィードが戸締りをし、チェッコとエドマンドは自分の家へ帰っていった。アルヴァ山は石造りの家や店は地上や地上に近い場所に建てられていたが、高さ四十メートルを超えた場所にも家があった。

 高地の家屋は岩壁の中を部屋の形にくり抜いて地崩れしないように漆喰やレンガや瀝青で舗装して、中には住人の好みで壁付けの棚や机やベッドを造ることもできる。住宅に限らず店もあり、布屋や小物を売る店にマナピース店もある。

 エドマンドとラッションの家は地上から七十メートル上にある岩壁の一角にあり、高所への家への道のりは岩壁の階段状に造られた道や車輪付きの台などを上るための斜道、それから家具などの大きな物を運ぶためのエレベーターもあった。エレベーターは当然マナピースで動き、超属性の<テレキネス>と雷属性の<マグネウェーブ>で動く仕組みで四角い鉄塔の中を上下に移動できるようになっていた。

 幼い頃からアルヴァ山の集落に住んでいるエドマンドにとって高地の居住区は庭みたいな場所で、岩壁の住居の中では所々、照明になるマナピースの無属性の<グロウブライト>で室内を照らしている世帯もあった。

 エドマンドは地上の三つ分上の左端の居住区に着くと金属製のドアの前に立ってナップザックから雷属性の微電流を出す<エレキショート>を取り出して玄関戸の枠の中に入れて更に鍵を鍵穴に差し込んで扉を開けた。扉は内側に開き、中に入ってすぐが居間兼台所で、石の流し台と調理台、水属性のマナピース<フロストキープ>を使う冷蔵庫もあり、他にも食器棚も壁付けで居間にあたるスペースは木枠のソファが一人掛けと二人掛けが一脚ずつあり、ローテーブルは楕円型の木製で娯楽用の映像を観るための映像板もある。窓の所には厚手のカーテンで遮断され、窓は木の棒で上の板を支える開閉式だった。他にも壁には亡くなった母が部屋の雰囲気をよくするための白い額縁に緑の草原の中に白やピンクや黄色のオカスミレの花の絵が飾られていた。その隣には十二、三歳のエドマンドとエドマンドによく似た男女――彼の亡き両親の写真の額があった。

 エドマンドが育ったのはアルヴァ山であるが、生まれたのはアルヴァ山より南にある町、パロンカで父はそこに住む炭鉱夫で母は酒場の店員だった。パロンカの町は石炭や錫・銅の採れる鉱脈があったが、エドマンドが六歳の時に鉱脈が枯渇してしまい更に当時の町長が亡くなり町長の息子がパロンカの生活を維持するために町を観光の町に変える案を出してきて、パロンカは失われずに棲むも観光の町になると慎ましい身なりでも真面目だった人たちは派手な服を着て荒々しい下品な印象になり下がってしまった。エドマンドの父は外見よりも内面を重視する人だったので、変り果てたパロンカを去って妻子と精霊ラッションと共にアルヴァ山に移り住んだ。

 アルヴァ山に移ってからは父は採掘師となり母も他所の家の掃除をする掃婦となり、エドマンドも観光の町になる前のパロンカによく似たアルヴァ山の集落が気に入った。

 それからアルヴァ山に来てからエドマンドの才能が芽生えた。ある時、父は採掘現場から小さなマナブロックを持ち帰ってきた。ピースにもならない規格外の大きさのマナピースは個人が所有するのは法律で可能になっていた。エドマンドにはそのマナピースの鼓動が聞こえ、彼はそのマナブロックの鼓動が聞こえ長めの釘で浮彫を彫り出したのだ。両親はエドマンドが彫ったマナブロックの紋様を見て、市場に出ているマナピースの浮彫と同じだと驚いた。

 エドマンドは六歳なのにマナブロックに彫りを入れて公式のと同じものにする才能と技術を持っていたことはアルヴァ山中に広まった。マナピース工房のデュルト親方はエドマンドにそのような技能があるのなら学校卒業後の将来に困らないから雇いたいとフューリー夫妻に申し出た。フューリー夫妻は「息子の学校教育が終わったら」の条件付きで承知した。

 しかし運命とは唐突なものでエドマンドが十三歳の時に学校に行っているエドマンドの元に両親が採掘場の事故に遭ったと聞かされた。母親が現場にいる父親に弁当を届けに行った時、岩盤破壊の作業でダイナマイトの火薬量が多かったため、地崩れの量が多く父と母、数人の同僚が土砂によって埋もれてしまった。エドマンドは一度に両親を亡くして精霊ラッションとだけになってしまった。

 エドマンドとラッションは他に身寄りがなかったため、デュルト親方が保護者となり父の遺産で十五歳まで学校に通えたので何とかなり、両親の死からマナピース工房の見習いとなって、学校卒業と同時に浮彫師となった。

 またエドマンドがレザーリンド王国に災厄が起きた時に救い手となる白地に虹色のマナピースを持っていたのは、七歳の時に天から金の光がアルヴァ山のマナピースの地層でマナピースを取り出そうとしている時に振ってきて、エドマンドの足元にあったのだった。

 そして二ヶ月前に同じレザーリンド王国の救済者となったイルゼーラ姫、ジーナ=ベック、異世界から来た一ノ瀬稜加、救済者ではないがイルゼーラの従兄弟のサヴェリオと共に十年間住んでいたアルヴァ山を一時的に離れて、レザーリンド王国を乗っ取ったガラシャ女王を倒してイルゼーラは王位を取り戻すことが出来たのだった。

 エドマンドは家に帰ると火属性と水属性のマナピースで炊事をして、石の平皿で炒め米と焼いた豚肉とサラダの乗った今日の夕飯を食べたのだった。室内は居間兼台所の他にもトイレと風呂場、エドマンドの部屋、亡き両親の部屋は今は客用寝室をして使用していた。

 女王になったイルゼーラは城で政務をこなしている他、地方に行ってまでは国の政策を立て直しているという。エドマンドはいつも思っていた。

「イルゼーラさまが女王になってくれて良かったよ。ぼくが救済者じゃなかったら、ガラシャ女王の独裁政権のままになっていただろうし」

 イルゼーラたちが尋ねてきた時は、救済者の伝説は知っていたがいきなり現れたことには困惑していたエドマンドであったが、イルゼーラの王位奪還が出来たからこそ、今があるとエドマンドもラッションも考えられるようになっていた。