2弾・8話 デコリと晶加


 チーン、と稜加は仏壇の上の金鉢(りん)をりん棒で叩いて合掌してからロウソクの火を手ではたいて消した。仏壇の上には線香立ての鉢には線香が三本立てて有って煙が薄暗い仏間を漂っていた。他にも花立てには黄色い菊や白いカミツレなどの弔い向けの花が活けられており、金鉢と灯明立の足元には今日のお供えである小さい紙箱に入れた焼き菓子が置いてあり、お供えの前には位牌や香炉、御本尊の掛け軸、稜加のよく似た白髪の多い髪を後ろで結わえた女性・利恵子と稜加の弟の康志によく似た角刈りの白髪頭の老人・文悟(ぶんご)の遺影が置かれていた。

 稜加エルザミーナの世界でレザーリンド王国を災厄から救って役目を終えて現代世界に戻ってきた後に精霊のデコリもついてきていたと知ると、稜加は両親弟妹や同じ学校の人々や先生、近所の住人にデコリの存在を怪しまれないようにしつつ、またデコリも稜加の言いつけを守って過ごしてきたのだった。

 稜加がデコリに祖母の利恵子の遺影を見せた時、利恵子と稜加の面影が似ていると知ってまた自分の知らない間に利恵子が亡くなっていたことを知ると、めそめそ泣いた。

「そうだよね。デコリだって眠りのマナピースで眠っていなければ、おばあちゃんと一緒にいられたのにね」

 稜加がデコリにそうなぐさめると、デコリはそうじゃないと首を横に振った。

「デコリは利恵子が苦しんでいたことを知らずにのうのうとしていた。デコリが近くにいたら利恵子は、利恵子は……」

 デコリの言葉を聞いて稜加は祖母の利恵子の晩年を思い出した。稜加たち一ノ瀬家は二年前の春初めまでは千葉県幕張市に住んでいた。父の実家がある栃木県織姫町に行くのは 毎年夏のお盆休みと決まっていて、特急りょうもうに乗って移動していた。

 祖父母は子供たちが全員独立したために老夫婦だけの生活であったが、栃木県の都市に住んでいる次男一家や宮城県の都市に会社を持つ末娘一家も時々来てくれたので寂しくなかった。

 祖父はクリーニング店を営み祖母が家事と留守番をやっていたので祖母は孫たちに会うのが楽しみで、孫たちも祖母のしてくれる風土の話や今ではあまり知られない童話を聞くのが好きだった。

 だが稜加が小学四年生の秋に祖母が入院したと聞いて孫たちは驚いて不安になった。稜加は直接会えないけど、祖母と文通することで祖母を元気づけさせようと明るい内容の手紙を送り続けていた。

 やがて祖母の利恵子は腎不全で年明けに入って間もなく息を引き取った。稜加たち姉弟の小学校と幼稚園の冬始業式の二日前に。稜加姉弟や従弟妹たちは冬始業式を休み織姫町に集まって祖母の告別式に参加した。出棺する前の利恵子の死に顔は安らかだったのを稜加は覚えている。

「でも、おばあちゃんが天国で導いてくれたからこそ、わたしたちは出会えてレザーリンド王国を救えたんだよ?」

デコリは稜加の話を聞いて涙を流すのをやめた。

「おばあちゃんだって喜んでくれているよ、わたしとデコリの活躍を」

 デコリは泣きはらした目を利恵子の遺影に向けた。写真の利恵子も孫娘とパートナーの今の状況を見守っているように見えた。

「あとさ、おばあちゃんが今のわたしと同じ学年だった頃にデコリとおばあちゃんの活躍も知りたいんだよね」

 稜加はデコリにそう言うと、デコリは五十五年前の記憶を引き出そうとした。……のだが、なかなか思い出せなかった。

「今度、おばあちゃんのいる場所へ連れてってあげるよ。二人でね」

 稜加はデコリに墓参りに連れていくことを約束してきた。


 稜加の生活は順調だった。修学旅行も終わって幕張時代の幼なじみたちとも再会し、学校帰宅後の家事は弟妹がやってくれるから受験勉強にも打ち込めた。

 稜加が受験勉強している間はデコリは本を読んで過ごしていた。稜加の部屋にある児童書や漫画はこの一ヶ月で読みつくしてしまい、稜加が地元の図書館へ行ってデコリのために読んでいない童話や絵本を借りてきてあげた。

 その時、出入口のふすまを叩く音がしたので、稜加は立ち上がりデコリは半分開いた絵本を立ててその間に隠れた。

「リョーねーちゃん、洗濯物持ってきたよー」

 七歳下の妹・晶加が乾かした洗濯物を畳んで稜加の部屋まで運んできてくれたのだった。

「ああ、ありがと。晶加が洗濯物をやってくれるから、お姉ちゃん受験勉強に励めるのよね〜」

 稜加は椅子から立ち上がって晶加から洗濯物を受け取ろうとすると、晶加は立てている絵本を目にやって絵本を取り上げるとそこにはピンクのリボン状の髪に楕円型のソーダブルーの眼に三等身の女の子のキャラクターを見つけたのだった。

(し、しまった! 晶加にデコリを見られた!)

 稜加は一ヶ月間家族にエルザミーナの精霊の存在を隠し続けてきたことがバレてしまったことに慌てそうになったが目を大きく見開いた状態で静止していた。

「リョーねーちゃん、この人形……」

 晶加がデコリを見つけてきて姉に尋ねてくる。デコリも内心バクバクしながらも人形のふりをしていた。

「えっと……、この間掃除してたら仏間の天井裏にこの人形があったのよ。生前利恵子おばあちゃんが子供の頃から持っていた人形で、デコリって名前もついていたんだって……」

「へー、おばあちゃんお人形持ってたんだ。ねぇ、リョーねーちゃん」

 晶加に訊かれて稜加は何かと首をかしげる。

「デコリ、あたしにも貸して」

(な、何!?)

 晶加の台詞を聞いて稜加もデコリも驚く。

「いいでしょ〜。ちょっとくらい〜」

 晶加が駄々をこねると稜加は流石に反対した。

「そっ、それは出来ないよ。晶加はまだ小さいから乱暴に扱われたら困るの。第一、わたしが先に見つけたんだから……」

「ちゃんと汚したりしないようにするから〜」

「だ、駄目なものは駄目なのっ!!」

 稜加はついカッとなって晶加に怒鳴ってしまい、晶加は姉にひどく怒られて泣き出してしまった。

「うわぁ〜ん!!」

晶加が泣き出したのを目にして稜加はオロオロしだし、更に玄関から音がしてきて店から早く帰ってきた母が家に帰ってきたのを耳にしてしまう。

「ただいまー……。晶加、どうかしたの?」

 母が急いで靴を脱いで家の中に上がって稜加の部屋を覗いで見ると、晶加がわぁわぁ泣いていて稜加が狼狽えていた。

「晶加、一体何があったの?」

 母は晶加に尋ねてくると、晶加はしゃくりあげながらこう言ってきた。

「お、おねーちゃんが、お人形を貸してくれない〜」

「お人形?」

 母は稜加の部屋の出入口近くにある絵本と三等身の人形を目にする。

「稜加、このお人形はあなたのなの?」

 母が訊いてきたので稜加はまごつきながら答える。

「えっと……、随分前に仏間の掃除の後、天井裏にあったの。……利恵子おばあちゃんの形見でデコリって名前で……」

「利恵子おばあちゃんの人形なのね。別にいいじゃないの、人形くらい。晶加に貸してあげなさい。お姉ちゃんなのに大人げない」

 母にきつく叱られ、稜加はしぶしぶデコリを晶加に貸すことにした。

(デコリは精霊なんだよ? 食べ物とかお風呂だって必要なのに……)


 晶加は姉からデコリを貸してもらうと、稜加の部屋と仏間の間にある自室に持っていって、デコリをままごとさせた。稜加の部屋と違って晶加の部屋はパステル調のタンスや本棚、学習机は時間割表付きで晶加が生まれる前に姉が使っていたが今は晶加が使っている。カーテンは水色のギンガムチェックで他にもテディベアやウサギやネコやハリネズミのぬいぐるみ、リンゴやモモやオレンジのフルーツクッションもあった。

 晶加はデコリを床に座らせて向かい側にハリネズミのぬいぐるみを置き、ままごと用のティーカップやプラスチックのケーキを出してままごとを始める。

「デコリ、お客さんのピッキーよ。ピッキー、デコリにこんにちわ」

 デコリはハリネズミのぬいぐるみが晶加の手で動かしているのを見てると、自分は人形ではなく生き物だとバレないようにじっとしていた。晶加はままごとを終わらせると、今度はデコリを右手で上に掲げて空飛ぶデコリを始める。しかも晶加がくるくる回ったり急降下させたと思いきや、上昇というパターンをさせられたので、デコリは変な反応を起こさないように我慢していた。

(稜加の言ってた通り、妹の晶加ちゃんは手強い子だったよ〜)

 ようやく晶加が空飛ぶデコリをやめてくれたので、晶加はデコリを他のぬいぐるみのあるスペースに置くと、夕方のテレビを観るためにテレビのある居間へと行ったのであった。

 ふすまが閉ざされると、デコリはぐったりとなって姿勢を崩した。

「晶加ちゃんと遊んでいたら、お腹すいちゃったよ……」

 稜加は姉とはいえ母に言われてデコリに妹を貸してあげたことは仕方がないと考えていたが、やっぱり晶加に見つからない方が良かったと感じていた。晶加が居間にいるのを見計らって晶加の部屋のふすま戸を開けた。

「デコリ、いる? おやつ持ってきたよ」

「りょ、稜加! 良かった、いい時に来てくれて……」

 ふすま戸がわずかに開いて稜加の右手が出てくる。するとチョコパイの袋を出してくれたのだ。

「晶加と上手くやってる?」

「晶加ちゃん、稜加の言っていた通り、手ごわい子だった……。当分晶加ちゃんのそばにいなくちゃいけないと、気が気でないし」

「デコリ、晶加はそんなに悪い子じゃないから大目に見てやってよ。わたしが時々出入口の前に食べ物を置いてあげるから」

 稜加はデコリにそう告げたのだった。晶加はデコリと動物のぬいぐるみと遊ばせたり、一緒に布団の中で寝たり、絵本の読み聞かせをさせたりと妹が出来た元末っ子のようなことを起こしていた。幸い食べ物は一家が留守中の時に冷蔵庫の残り物のおかずや稜加が差し出すパンや弁当の残りでしのいでいた。

 デコリが晶加と過ごしてから四日目のこと。晶加は風邪をひいてしまい、朝からずっと熱にうなされて布団の上で寝ていた。デコリは熱で動けない晶加を見て心配していた。

 稜加も康志も晶加が風邪をひいたと知ると、うつされないように晶加の部屋に入らないようにした。康志は晶加の分まで家事をやり、稜加も晶加の体調を気にしていたが同じ部屋にいるデコリが風邪をうつされたりなんかしたら、と考えていた。

「晶加が風邪をひくなんて思ってなかったよ。精霊も病気するだろうし、でも病気の治し方は……」

 晶加が風邪をひいたと知った母はクリーニング店の出勤をいつもより遅くして、晶加のために氷嚢を作ったりおかゆを用意してから、また昼に一度家に帰って晶加の様子を見ることにした。

 晶加は母がまた店に戻ると布団の中で大人しく横になっていた。風を引いた日、外は雨でザー……という音だけが耳に入りおかゆを食べて薬を飲んで二、三時間寝ると目がさえていた。

 母が店に戻って晶加が寝ている間にデコリはこっそり台所に行って食べ物をいくつか失敬すると、晶加にバレないように晶加の部屋に戻っていった。晶加の目が覚めるとデコリは部屋の片隅で人形のふりをしていたが、晶加が起きて本を読みたがっていたが体がだるくて動けないと知ると、ある覚悟を決めて晶加の前にやってきた。

「晶加ちゃん、晶加ちゃん」

 自分を呼ぶ声がしたので晶加はお母さんが帰ってきたのかと思って首を横に傾けてきた。視界に入ったのは姉の所から借りてきた祖母の形見の人形デコリが二本足で立って歩いて喋りかけてきたのだった。

「で、デコリ、動いている……。それに喋っている……」

「晶加ちゃん、デコリはね利恵子おばあちゃんが神様にお願いしてきてね、晶加ちゃんを助けるようにってデコリを動かしてくれたんだよ」

「利恵子おばあちゃんが……?」

 晶加はデコリの話を聞いて、デコリが立って喋れる理由を受けてキョトンとなる。

「晶加ちゃん、デコリが晶加ちゃんのほしいものを持ってきてあげるよ。何がいい?」

 この時晶加は熱であまり考えられなくなっていたため、これは本当のことだと思い込んでデコリに頼み事をした。

「それじゃあ本棚にある『こども世界名作全集』の二巻と五巻と十一巻を持ってきて」

 デコリは晶加に言われて本棚から海外の画家が描いた名作全集の絵本を持ってきた。だけどデコリの体より大きな絵本は一冊ずつ持ってくるのが精一杯だった。それでも晶加はデコリが持ってきてくれた本を読んで楽しんでいた。

 こうしてデコリは晶加が風邪で三日間いる時の家で二人きりの時を過ごしていた。風邪をひいている晶加は天国の祖母が神様のおかげで動いていると信じていて、寂しい思いをすることもなく退屈することもなかった。

 四日目には晶加の風はすっかり治り、晶加は朝起きるとデコリが動かなくなったことを確かめた。

(そっか。あたしの風邪が治ったから、デコリは動くのをやめたんだ)

 それにデコリは姉が見つけて祖母の形見として大事にしていたようだからと、姉が帰ってきたらデコリを返そうと思った。

 夕方の四時過ぎに稜加と康志が一緒に帰ってきた。康志は庭にある洗濯物を取り込み、稜加が洗面所でうがいと手洗いを済ませると晶加が部屋から出てきて姉から借りていたデコリを返しに来たのだった。

「お姉ちゃん、デコリ返してあげる」

「あら、もういいの?」

「うん。風邪をひいた時、デコリが一緒にいてくれたからもう大丈夫だよ」

 稜加はデコリが自分の元に返ってくると、胸をなでおろしたのだった。


 デコリは七日ぶりに稜加の部屋に戻ってくると、デコリに症状がないか確かめる。

「デコリに晶加の風邪がうつってたらどうしようとずっと思ってて……」

 デコリは今現代世界にいるとはいえ、エルザミーナの世界出身の精霊だ。病気やケガをしたらどうしたらいいか稜加は知らなかった。

「そしたら〈リライブメディカル〉のマナピースを使えばいいよ」

 デコリに言われて稜加は祖母が持っていたマナピースの中に無属性の白い半透明のマナピースを見つけて、左は横になっている人型と右隣は立って両手を上げている人型の浮彫が入っていた。

「これが〈リライブメディカル〉か。治療向けのマナピースなのはわかるけど、レア度はどれ位?」

「星三つ。だけど利恵子がどれ位使っていたかは忘れた」

「え……」

 それを聞いて稜加は不安になった。レア度が低いマナピースは安いが寿命があり、砕けて塵になって無になるからだ。ましてや祖母が使っていたとなると、いつ寿命が来るか青くなった。

「ああ、そうだデコリ。晶加と一緒にいた時、動いたり声を出したりしなかった?」

 それを訊かれてデコリは一瞬ドキッとなるも、晶加が熱でもうろうとしていた時になら……と返事をした。

「デコリって変なとこで素直だからなー。まぁ、晶加も風邪で深く考えられなかったみたいだから」

 デコリは稜加に怒られなくてよかったと安心していた。

「それはそうとデコリ。晶加の世話をありがとう。一緒に食べよっか」

 そう言って稜加はデコリにイチゴチーズケーキの容器を差し出した。

「わーい。稜加、ありがとー」

 一時は妹にデコリの存在を知られて焦った稜加であったが、デコリが晶加に付き添ってくれたご褒美として買ってきたのだった。