3弾・3話 王城での暮らし


 稜加とデコリは女王仕えの侍女に案内されて、衣裳部屋に足を入れる。そこは何千着者の衣類がハンガーポールに吊るされ、靴やアクセサリーなどは引き出しがいくつもある棚の中に収められていた。

「女王陛下が好きなのを着てよいとおっしゃっていたので、じっくりとお選び下さい」

 イルゼーラ女王に仕える侍女が稜加とデコリに促した。稜加は以前王女で今は女王のイルゼーラと対話するのだから、ドレスがいいだろうと思って一枚ずつ調べてみた。王族が着るドレスはレースやフリル、小さな宝石のビーズがあしらわれていて素材も絹やベルベットなどの高級生地が多かった。稜加はいくら上品で優雅でもドレスは豪勢すぎると悟って、そこまで派手でない服を選んだ。

 四角い首元と袖口に白いレースが付いたサワーピンクのトップスと内側に切る黒いキャミソールと裾が膨らんだ青いバルーンパンツ。靴は現代日本から履いてきたサンダルのままだった。その後は侍女と女官が稜加の髪の毛をブラシで梳いて、化粧も肌に合わせた白粉と頬紅、アイシャドウとアイラインと口絵にも素肌に近い色に施してもらった。

 初めて来た時と窓も壁も床も天井の黒鉄色のシャンデリアも変わらない廊下を進み、稜加はイルゼーラの私室へ参る。

 扉は金の縁に赤いベルベッドが張られていて、ノックをすると部屋で待っているイルゼーラと彼女に仕える精霊、アレサナと対面する。アレサナはレザーリンド王家に代々使える精霊で、デコリと同じく三等身であるが、虹色がかったミルキーホワイトのロールヘアとドレス、右が緑で左が赤いオッドアイである。

 イルゼーラの部屋も清潔で、家具もロココ調の白いベッドやタンスや円卓と椅子やタンスや本棚。ただ書類作りなどをする時の机はダークオークに角度を変えられる机とベルベットの肘掛け椅子だった。窓には白いレースのカーテンと外付けのピンクのサテンカーテンが網戸にしている窓でふわふわ揺れていた。

 イルゼーラは稜加に部屋の中心にある白い円卓とセットの白い椅子に座った。円卓の上には細長のグラスに入った紅茶とシュガーポットとミルクの小瓶が置かれていた。

「稜加。久しぶりとはいえ、肌が軽く日焼けしているわね? でも思っていたより元気そう。デコリ、あなた本来ならエルザミーナに住む精霊とはいえ、稜加についていちゃったのね?」

 イルゼーラは稜加に語ると稜加が一度レザーリンド王国から去った時にデコリもついていったことを訊いてきた。

「ごめんなさい……。だけどデコリはどうしても稜加についていきたくて……」

「デコリ、あなたがいなくなって、あたくしもイルゼーラも他のみんなも心配していたんですからね。まぁ、向こうの世界で上手くやっていたから良かったけれど」

 イルゼーラに説教され、アレサナからも叱られたデコリはしょぼんとなった。

「まぁ、お説教はこれ位にして稜加がまたエルザミーナの世界に来た理由を聞きましょう、アレサナ」

「うん、そうね……」

 稜加はイルゼーラに数日前からイルゼーラやサヴェリオ、他のレザーリンド人が得体の知れない敵と戦っている夢を見ていたと伝える。救済者の証のマナピースによって、エルザミーナの世界に飛ばされたと語ったのだった。

「得体の知れない敵、ねぇ……。稜加が目指している今の学校に受験合格するための勉強による疲労じゃないのよね。それなら休めば治るんでしょう?」

「うん。わたしも初めはそう思っていた。でも同じ夢を見続けるなら偶然にしてはおかしいし。学校はいつもより長い夏休みで学校からの宿題と受験勉強を振り分けているけど、次こそ帰りが夏休み終わり近くか秋学期の始まりになってたらと思うともう……」

 稜加は呟いた。最初の時は四月の終わりの日曜日にエルザミーナの世界に飛ばされて、災厄を打ち払ってから十四日ほどエルザミーナ内のレザーリンドで過ごした。帰って来た時は事故に遭ってから三日目になっていたけど。

「まぁそんな卑屈にならないで。わたしも政務の間を縫って、稜加の夢の手がかりを探して判明したら他の救済者を集めましょう。

 それまで王城で過ごして勉強や町へ出かけてみたら?」

「うん、そうするよ……。あと、わたしとデコリの他にも誰かエルザミーナに来たような気がするけど……」

「えっ? 稜加とデコリの他にエルザミーナに来た人が?」

 イルゼーラに訊かれて稜加は指を額に当てて思い出そうとした。しかし現実世界とエルザミーナの移動時は体に負担がかかるため、思い出せなかった。

「事情はわかったわ。もし、ついてきた人のことがわかったら、わたしに教えてね」


 稜加とデコリがエルザミーナ世界のレザーリンドの王城で過ごすことになってから三日が経った。稜加とデコリはイルゼーラが与えてくれた一室で勉強したり寝起きをした。

 稜加とデコリの部屋はイルゼーラの部屋より小ぶりの部屋で、だけど日本栃木県にある稜加の私室の四畳半より広めの七畳間だった。壁はパステルピンクにレース状のエンボスの壁紙、ベッドも天蓋付きで広々とした机はノート代わりのザラ紙や本をたくさん置けて、鏡付きのドレッサー、部屋の中心にはガラスのテーブルと二脚のクッションチェア、カーテンは白レースの内付けとクリーム色の外付けで窓からは城下町が見える。またこの世界のテレビモニターというべき映像板(ビジョナー)もあり、物語の本を入れればそれが画面に映し出されて絵と音で楽しむことが出来る。レア度の高い記録や拡散のマナピースを使えば、公共映像局で行われている俳優劇や報道が観られるのだ。また室内には暑い時に涼む風属性の〈クールブリーズ〉を発動させるマナピースをさせる装置が天井近くに設置されていたので、窓を開けなくても涼むことが出来た。

 エルザミーナの世界では現実世界とは違う文字や言語を扱っているが、稜加はエルザミーナの世界に飛ばされた時にはエルザミーナの東域の会話が出来るようになるので困らなかった。ただ勉強する時はレザーリンドとその周辺国で使われるヴェステ文字を読んで、現代日本語や英語に訳しながら書いていた。稜加が勉強している間のデコリは王城勤めの兵士や召使いの子供たちと遊んでいたのだ。

 それから稜加はイルゼーラからエルザミーナの世界で必需品があったら手に入られるように、とルー金貨を十枚受け取ったのだった。稜加はこんなに使いたくない、王族が使う金貨は国民の税金だから。レザーリンド人でも王侯貴族でもないのにこんなに出すのは女王としてどうか、とイルゼーラに断りを出した。

「確かに稜加の言っていることは正しいわ。しかもレザーリンドを一度救ってくれた救済者だから、これ位は使ってもいい。素寒貧で浮浪するよりは、わたしが援助してあげるわ」

 しかし何の条件もなしに受け取るのは図々しいと思ったので、稜加はイルゼーラやアレサナに用を頼まれたらその用事を実行することを条件に十ルーを受け取ったのだった。

 ルーは一万タラスに値し、一タラスは現代日本の約三円に値する。稜加は二度目のエルザミーナ来訪時に三十万円を手に入れたのだった。一気に使って後悔しないようにし、少しずつ使ったとしても余りにある金貨を失くしたりコソ泥に盗まれそうで怖かった。

 稜加はレザーリンド城に来てからイルゼーラの私室を掃除したり、料理長からイルゼーラに茶と茶菓子を運ぶようにと頼まれたり、イルゼーラの下着や靴下のほころびの修繕で三十ルーを受け取ったのだった。

 レザーリンド城に転がり込んでから二日目の午後に稜加はエルザミーナの服を何着か買った。ブティックは高級な衣服を扱うので通常の衣料店で下着やブラウスやスカートなどを買い、靴もスウェードの編み上げショートブーツとサブリナシューズ、他にも帽子やリュックサック、暑い時期の化粧水や日焼け止めの薬も買った。

 王城の城下町は活気があるけど穏やかで、ガラシャ女王の独裁政権なんか何十年も前に思える位の雰囲気だった。

 買い物にはデコリが付き添ってくれた。二人で焼き菓子や蒸し菓子などのおやつを少量ずつ買って食べた。イタリアのカンノーリに似たのや焼きドーナツ似たの、ピンクのキャラメルはとても甘くてアメリカの菓子みたいだった。

 レザーリンドの王城で過ごして三日目の夜、稜加はイルゼーラや大臣たちと一緒に食事をし、イルゼーラと一緒に湯殿で入浴した後、ベッドに寝転んで三十分ほど空(くう)を見つめた後、塾の終わりにエルザミーナに飛ばされた時に自分とデコリの他に誰がいたかを思い出したのだった。

「そーだっ!!」

「ふわっ」

 ベッドの片隅で寝ていたデコリが稜加の声で目を覚ました。

「冴草くん……! 確かあの時、冴草くんがいた……」

 ベッドで上半身を起こした稜加がエルザミーナに再び飛ばされた時の記憶が出てきたことに口を出す。

「さ、さえぐさくんって、稜加と同じ塾の?」

 稜加の声で飛び起きたデコリだったが、浮き上がって姿勢を直しながら訊いてきた。

「うん、冴草くん……。わたしとデコリは気づかなかったけど、冴草くんもエルザミーナの世界に飛ばされたのよ! ああ、今何処で何をしているのやら……」

 稜加は頭を抱えた。人の住んでいる所ならともかく、森や川や岩山や砂漠といった危険な場所に放り込まれてしまったら、猛獣や自然災害、そうでなくても悪者に捕まって奴隷にされる可能性だってあるのだ。


 翌朝、稜加はイルゼーラに冴草くんのことを顔から口調まで全部話し、人探しが得意な人が王城かレザーリンド内にいないか訊いてみた。

「そんな。稜加と同じ塾通い仲間がエルザミーナの世界に来ていたというの? 確かにそれは一大事だわ。だけど……」

 イルゼーラは会議室の扉の向こう側で大臣たちが集まっているのを見て、探しに行けないと伝えた。

「ごめんね、稜加。わたしは国政会議に出なくちゃいけないの。サヴェリオに頼んでみて」

 そう言ってイルゼーラは会議室に入っていった。稜加はとぼとぼと王城の廊下を歩き、デコリが後からついてきた。途中の階段のある踊り場で稜加はどかっと腰を下ろし、体育座りになって顔をうつむかせた。

「うっ、うぐっ……」

 デコリは稜加の様子を窺ってみた。無関係の冴草くんを巻き込んだだけでなく、はぐれさせてしまった罪悪感で泣いていたのだ。

「稜加……」

 デコリは稜加をどんなふうに慰めたらいいのか分からなかった。それからしばらくして一人の人物が稜加とデコリの前に現れる。王室近衛兵の白い鎧を外し、七分袖の麻シャツに薄手の黒いスリムパンツに編み上げブーツ姿のサヴェリオだった。

「大丈夫か?」

 サヴェリオに声をかけられて稜加は顔を上げる。両眼は涙で結膜が赤くなって顔は涙の痕で赤く腫れて肩がしゃくりあげていた。

「稜加、冴草って男子のこと、つき合っているのか?」

 サヴェリオに訊かれて稜加は違うと言うように首を横に振る。

「つき合って、と言われていたけど、そうじゃない……。だけどね、冴草くんのことに気づかないまま、今回の出来事を解決して日本に戻っちゃったら、冴草くんの家族に申し訳ない……」

 冴草くんには味方になってくれる精霊がいない。マナピースもスターターもない。持っていたとしても、マナピースの使い方・用途が分からないだろう。立場が逆だったら冴草くんが先に日本に帰っていたとしても、稜加はデコリと共に後で日本に帰ることが出来ただろう。

「稜加、お前ってあまり知らない相手のことを思ってやれるんだな。落ち着いたら行くか? 冴草の居場所を探してくれる人物を探しに」

「うん。そうする……」

 サヴェリオと稜加の間にデコリが入ってきてサヴェリオに訊いてきた。

「ところで、探してくれる人ってどこにいるの?」

「ああ。そうだったな。イルゼーラが生まれた時、イルゼーラがエルザミーナの救済者になる予言をしてくれた人の所だな」

「その予言をした人って……」

 稜加が訊いてくると、サヴェリオはその人物の名を稜加とデコリに教えてきた。

「レザーリンド王国の北西カラドニス州のオラーパの町にいるマダム=ドラーナだ」