4弾・1話 エリヌセウス上級学院の新学期


「学校、すごい久しぶりだー……」

 すり鉢状の敷地に建てられたクリスタルアークル素材と硬物で出来たエリヌセウス上級学院を見て、ジュナ・メイヨーは呟いた。学校に入る者は様々な髪や目や肌の生徒が徒歩や浮遊運車(カーガー)や筒走列車(ライナー)で学校にやって来る。

 空を見上げると、碧空の澄みきった空に白い雲が浮かび、白金の太陽がぎらぎらと輝く。まだ、夏の日差しがかすかに残っているような気がした。

 ジュナも他の生徒に混じって、校舎の中に入っていった。

 エリヌセウス上級学院の教室は教卓と授業内容を映す大型モニターと生徒たちが座る階段状の席がある。

「ジュナ、久しぶりー」

 ジュナに声をかける二人の少女の姿が目に見えた。他の生徒たちは「おー、来たか」と言う位だけど。

「ラヴィエ、ダイナ、久しぶり」

 ジュナは自分に声をかけてきた二人の少女の席近くに座る。オレンジ色のボブカットヘアに青緑の眼の多種族(ノルマロイド)のダイナ・タビソと長い紺色のストレートヘアに薄茶色の眼の多種族のラヴィエ・ネックである。

「ジュナ、焼けたね。背も少し伸びたんじゃない?」

 ダイナが久しぶりにあったジュナを見て言う。ジュナは明褐色のショートヘアはセミロングになり(前髪は切った)、元々白い肌が夏の日に焼けて浅黒くなり、金の双眸はそのままだけど、黄色の服とよく映えていた。

 背丈も春までは十五.三ジルク(一五三センチ)だった背丈が今はO.三ジルクも伸びたのだ。

「ジュナ、わたし見たよ。ジュナが三年に一度の融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)に出ていたのを!」

 ダイナがジュナに言ってきた。一ヶ月前、ジュナは融合獣と融合適応者だけが出場できる格闘大会に出場し、決勝戦まで行ったものの、突如現れたアクシデントによって今年は勝者なしのままエリヌセウスに帰って来たのだった。

「惜しかったよね〜。あーあ、最後はチャンピオンがかったのか、ジュナだったのか見たかったなぁ」

 ラヴィエはがっかりしたように言う。決勝戦は途中までテレビ中継されていたが、謎の機械軍団の登場で、放映中断を余儀なくされたのだった。

「この間、てか三年生の終わりごろにジュナの家に遊びに行ったけれど、あの白い子がジュナと融合していたんだね」

 ダイナが言ってきたので、ジュナは「まあね」と返事した。大会が終わったあとのジュナは夏休みの宿題やスポーツセンターでの水泳、月末には母親とラグドラグと一緒にエリヌセウスの南地方へ家族旅行へ行ったのだった。

 そして新学期の今日、ジュナたちは四年生になり、エリヌセウス上級学院はたくさんの学科があるため、転科をしない限りは同じ学科、同じクラスメイトなのである。

 授業開始の音楽が流れて、教室に担任のマードック・ケイン先生が入ってきた。三年生の時は若い女のブレダ先生で、ブレダ先生より五、六歳年上でぼさぼさの黒髪に太い眉と四角い顔に剃り跡のあるヒゲに十八ジルクはある背丈とずい分印象が違う。

「起立、礼、おはようございます」

 先生が来たら、みんなそろって挨拶をし、一同は着席する。

「あー、俺が担任のマードック・ケインだ。今日から一年間、四年生の普通科を受け持つことになった。みんな、よろしく頼む。今日は新学期ということで、一人ずつ自己紹介してくれ。それが終わったら三日後の入学式についての説明だ」

 マードック先生はみんなに説明する。

「前のブレダ先生の方が品があったわよね」

「大雑把というかぶっきらぼうというか」

 ジュナを挟んでダイナとラヴィエがジュナに小声で言った。

「あの、わたしはまだ半年しかエリヌセウスに来ていないし……」

 ジュナはそんなのわからない、と言うように呟いた。自己紹介はやがてジュナの番になり、ジュナは立ち上がってマードック先生に自己紹介する。

「エリヌセウス皇国に来て五カ月になるジュナ・メイヨーです。好きな学科は家庭課と保健で、クラブに入っていません。

 春に転校してきましたが、まだみんなと全員仲良くなっていないので、よろしくお願いします」

 ジュナの自己紹介が終わると、次の者の番になり、四年生普通科の紹介が全て終わった。

「よーし、これで全員だな。明日は休日なので、二日後の天曜日に入学式の練習を運動校舎で行う。俺の担当は数学。なので手を抜かず、びしばし教え込むからな」

 今日は始業式のため午前中で終わり、生徒たちは校舎を出て、徒歩や団体浮遊車や筒走列車で帰っていった。

 ジュナも白いデイパックを背負って途中までダイナとラヴィエと一緒に帰っていった。帰り道では区内の初等学校から帰る子たちや、公立の上級学校から帰宅する生徒、上級学校は制服付きもあるが個人によって着こなしが異なる。

 太陽は真上近くになり、空や街路樹の枝や街灯に止まる鳥、カラフルな敷き石の茂みや花壇には翅や大きさの異なる虫が飛んでいたり這っていたりしていた。

 人歩道の真上に大きな透明な管の中を走る列車の駅で、ジュナはダイナとラヴィエと別れた。駅では階段を昇り降りする人が見られた。

「じゃあね、ジュナ」

「あさってにまたね」

 ダイナとラヴィエは階段を昇ったところで列車(ライナー)に乗り、ジュナも方向を変えて住宅街へかけていった。

 住宅街は丸や四角の積み木を合わせたような住宅がいくつも並び、淡い水色や薄い緑などの色で塗装されていた。

 ジュナは四角と台形を合わせたような白い住宅に入り、玄関の指紋確認ロックのボードに手を当て、ロックを解除した。ここがジュナの家である。

 ジュナは玄関に入り、玄関と一つになっている居間を越えて洗面所に行き、うがいと手洗いをした。台所に行くと、調理台と流しと冷蔵庫の他、小さな食卓と椅子が数脚ある。食卓の上には母親からのメモが置いてあった。

『お昼ごはんは温めて食べてください。ママは夕方四時に帰って来ます』

 冷蔵庫を開けると、母親が作った汁物の鍋と緑米(ヴェルナリッケ)で作った炒めご飯が入っていた。

「ラグドラグ呼んでくるか」

 ジュナは居間と繋がっている二階への階段を昇って自分の部屋へと向かっていった。


 ジュナの私室は屋根が半台形になっていて、屋根に透明な窓がある部屋だった。他に机に本棚、クローゼットにベッド、小型のテレビモニターに色々な生き物のぬいぐるみ、そして勉強と娯楽に使うコンピューター。

「ラグドラグ、ただいま」

 ジュナは自分の部屋に入ると部屋にいるもう一人の住人に声をかける。

「おう、お帰り、ジュナ」

 白い体に長い尾と翼、頭部には二本の角、胸に明紫の宝石のような突起、明紫の眼を持つ白竜のような十ジルク程の大きさの生き物はジュナにお帰りのあいさつを男のような声で返事した。

「久々の学校、どうだったか?」

「うん。わたしの学校はずっと同じクラスメイトだから。でも、先生は男の先生だった。ブレダ先生とは雰囲気も性格も違うし」

 ジュナは机近くの椅子にデイパックを置き、今回学校で起きたことをラグドラグに話した。「だろうなぁ。前の先生は三ヶ月だけだったけど、その先生とは一年間一緒だからな」

「ラグドラグ、お昼一緒に食べよう。今用意するから」

 ジュナとラグドラグは一緒に部屋を出て、台所の作り置きを温め直した。鍋には野菜と塊のメヒーブ肉の塩漬けの煮込み汁、それから緑米(ヴェルナリッケ)に数種の豆と精のつくガクリを刻み入れたと炒めたご飯である。

 ジュナは煮込み汁を陶器の椀に入れ、炒めご飯をレンジで温め直して平皿に盛って、水差しに氷水を入れてガラスのコップも出した。

「いただきます」

 ラグドラグとジュナは向かい合って座り、母親が作り置きした料理を食べた。

 ジュナはかつてはガイアデス大陸の北方にあるヘルネアデス共和国に住んでいたが、父親は九ヶ月前にエネルギー開発センターの爆発事故に巻き込まれて亡くなり、それから都市開発車の母親が生計を立て、春に母親の企画がエリヌセウスの都市開発法人に認められて一緒に来たのだった。

 それからだった。ジュナの平凡で良し悪しもあった暮らしが変わったのは。

 融合獣、融合適応者、融合の同志、謎のダンケルカイザラント、融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)――。

僅か五ヶ月でジュナの身に降りかかったのだった。

 得るものもあれば一度失ったものが掘り返されることもあった。ジュナが五歳の時に行方不明になった兄、レシルのことを。

 レシルは生きていれば十七歳。ジュナ一家がヘルネアデスに移り住む前、アクセレス公国という国に住んでいたのをふいに思い出し、兄の手掛かりを探して小型機動船を持つ友人に頼ってアクセレス公国へとやって来たこともあった。手掛かりはせいぜい一通の手紙、そしてジュナが三年に一度の融合闘士格闘大会に出場して選手になった時、兄から送られたガーネットの付いた金のブレスレット。

 また兄だけでなく、ダンケルカイザラントという組織がジュナと融合適応者仲間の前に現れ、遺伝子改造で生み出したブレンダニマという怪獣や機械兵インスタノイドを送りこんできた時、ジュナは二度、謎の融合闘士に助けられたのだった。

 その融合闘士は翼と角を持つ馬のような融合獣と融合した姿で現れ、渋緑のたてがみと尾と翼、象牙色(アイボリー)の体で両翼に紺色の契合石が付いていたのだ。

「お兄ちゃんのことだけでなく、融合闘士も気になるしね」

 ジュナは炒めご飯を匙でつつきながら呟いた。最後は一角両翼の融合闘士を見たのは三ヶ月前、『集いの家』という孤児院のボランティアに参加した時、ダンケルカイザラントに捕まった孤児たちを助けるため、三幹部の強さに圧倒されていた時、その人物に助けられたのだった。

「何かもう……整理つけなくちゃいけない、って感じだな」

「整理する……か」

 ラグドラグもジュナもこの五ヶ月の間の出来事のまとめをしなくては、という風に呟いた。

「そういえば、ラグドラグたち融合獣の体についている契合石って、アルイヴィーナ人とリンカイトっていう石から造られたんだよね。これがなくなったら、ラグドラグは死んじゃう、って」

 今から二〇〇年前、アルイヴィーナが大国の星軍に攻められた時、アルイヴィーナのある科学者が対抗兵器融合闘士を造るために負傷したアルイヴィーナの兵士の肉体と性格と情報を溶かして急速再生組織などのパーツを使った融合獣の素材にしたことを知った時、ジュナは衝撃を受けたのだった。

 融合獣になったアルイヴィーナの兵士は記憶を一時的に改変され、契合石を失われない限り不老不死となり、家族も友人知人も先立たれるという悲劇を受けたのであった。ただ、エリヌセウスをはじめとする国のいくつかは融合獣に関する居住権などが与えられていた。

「だけど、このリンカイトはどこで発見されて誰が第一発見したまではわからない」

 ラグドラグは自分の胸の契合石をなでる。するとジュナが何を思いついたのかパッと笑って言った。

「そうだ! みんなを呼んで、これまでのおさらいをしよう!! 明日は学校のない日だし、これからのことを話し合おうよ!!」

「おいおい……!」

 ジュナの様子を見て、ラグドラグは目を丸くしながら苦笑いした。


 次の日は少し空が灰色だったが、雨の降る心配はなさそうだった。ラガン区九番街にあるジュナの家に三組の人間と融合獣がやって来たのだった。

 一組は金髪緑眼中間肌、翠色の中型鳥型融合獣を連れた少年。二組目は肩まである白群の直毛に薄桃色の瞳に中間肌、合わせるような衣服を着た小柄な少女で、耳と尾が長い小さな桃色の毛むくじゃらの融合獣を連れていた。三組目は長い薄紫の直毛に澄んだ水のような青い眼に今は日焼けしているけどもとは白い肌、手足もすらりとして背も高く、生成りのショールにロイヤルブルーのチュニックと白い七分丈パンツと布地のサンダルがよく似合う少女で、口先と尾びれと背びれが鋭角な青い魚型の融合獣を供にしていた。

「ジュナったら、折角の休みなのにいきなり『来てくれ』って。折角アウローラ号のメンテがもうすぐ終わるってのに」

 金髪の少年、エルニオ・バディスが昨日の夜に突如届いたジュナからの携帯電話のメールで呼び出されて、ジュナの家のあるラガン区より北上のレメダン区から歩いてやってきた。隣にいる鳥型融合獣ツァリーナは彼のパートナーだ。

「まあ、大会が終わってからわたしたち会ってませんでしたし。ていのいい顔合わせになっているんじゃないですか」

 白群の髪の少女、宗樹院(そうじゅいん)羅夢(らむ)がエルニオに言った。羅夢はアルイヴィーナに多い多種族(ノルマロイド)ではなく、ライゴウ大陸人種、和仁(わと)族で言葉に半音高い訛りがある。羅夢の手には母親から持っていくよう渡された小さな箱が赤紫の風呂敷に包まれている。足元には彼女パートナー融合獣ジュビルム。

「けどねー、これから『今までのおさらい』を始めるって言うからねー。家の手伝い無理言って赦してもらったし」

 薄紫の髪の少女、トリスティス・プレジットが語尾の高い訛りで言った。彼女の隣にはパートナー融合獣ソーダーズ。トリスティスは水棲人種ディヴロイドであり、服の下には背中にえら、両肩両腿には青い三本線がある。

「ま、取りあえず入ろうか。さっさと話して、さっさと帰ろう」

 エルニオが先陣切ってジュナの家のインターホンを押した。ピンポーンという音が鳴り、インターホンのスピーカーからジュナの声が出てきた。

『はーい』

「僕だよ、エルニオだよ。羅夢やトリスティス先輩も来ている」

『待ってて。今開けるから』

 ジュナの家の玄関の戸が外に開いて、ジュナが現れた。Tシャツとスパッツという楽な服装である。

「ジュナさん、お久しぶりです」

「久しぶりだね。学校では顔を合わせしなかったけど、背が伸びたんじゃない?」

 羅夢とトリスティスが二十数日ぶりに会ったジュナを見て言う。ジュナ・エルニオ・トリスティスは同じエリヌセウス上級学院の生徒だ。学年や学科は違うけど、この学校で四人しかいない融合適応者なのだ。

「あ、これ母が作ったお菓子です。みんなで食べて、って」

 羅夢はジュナにお菓子の包みを差し出す。

「あ、まま。むさ苦しいけど入って」

 ジュナはみんなを中に入れ、自分の部屋に案内する。

 部屋の中に入ると、中には大きめの模造紙に色付きのマーカーで描かれた『これまでのわたしたち』という表が床に置かれていた。

「これ、一人で作ったの?」

 トリスティスがジュナの書いた表を見て訊く。

「ああ、ジュナったらよ、徹夜してこれ作ってたんだぜ」

「てっ、徹夜!?」

 ジュナが表を作ったのが徹夜してまでと聞いて、みんなは声を揃えて驚いた。ラグドラグはジュナに眠るように言ったが、ジュナは無我夢中だったのだ。

「苦手な教科の予習復習やテスト勉強はぐだぐだやってんのに、表作るのは徹夜してでもなんて……」

「ラグドラグ、それは言わないでよ!!」

 こんなやりとりがありながらも、ジュナたちは融合獣・融合適応者・ダンケルカイザラント・そして一角両翼の融合闘士についての表を見つめたのだった。

 融合獣が生まれたのは二〇〇年前、アルイヴィーナが大国の侵略を受けた時に想像されたのが始まり。

 その科学者の一人が以前ジュナとラグドラグと戦ったテナイと融合獣ボルテガで、彼らは先祖のテナイが受けた人体実験による糾弾の怨みのために融合獣を殺害して契合石を集めていた。……しかし、それは表向きでテナイはテナイのクローンであり、融合獣ボルテガがテナイの記憶と人格を宿していたという事実。

「あれは本当に驚いたな。先祖代々受け継がれた怨みと思いきや、融合獣を生みだした科学者が融合獣になっていたなんて……」

 エルニオはテナイと戦いの出来事を思い出す。

「テナイ事件の次に起こったダンケルカイザラントという謎の国家が出てきて、レジスターランド地方の囚人を連れ出した事件や身寄りのない身障者の施設に現れたり、『集いの家』の孤児たちを連れ去ろうとした事件もあったね。幸い孤児院の子たちは国境近くで見つかって全員助かったからいいけど」

 ツァリーナが言った。

「それだけじゃない。融合獣の能力を利用して盗みや他の融合獣の裏取引の商品にする悪者――融合暴徒(フューザーリオター)もいるんだよなぁ。何かダンケルカイザラントと関わっている融合暴徒がいてもおかしくない」

 ラグドラグが言った。融合適応者や居場所のない融合獣は闇商人の商品にされて永久凍土や鉱山などの危険地帯で強制労働されたり、他星からの顧客に買われて不慣れな環境で過ごしたりという扱いを受けてきた。

 他にも融合闘士同士が試合戦をする融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)、三年に一度開かれるこの大会ではジュナたち四組はまたダンケルカイザラントに出会っても苦戦しないようにと夏休み中の特訓の成果試しに初出場し、ジュナは三回連続チャンピオンのフリージルド・クロムと決戦で試合したのだが……。

「決勝戦の途中、まさか出場選手の中にダンケルカイザラントと手を組んでいる人がいて、しかも自国の都民をダンケルカイザラントに引き渡した、ってものですから……」

 羅夢がダンケルカイザラントと手を組んでいた融合闘士ヴァンガルド・ゼヴァイスを思い出す。彼はダンケルカイザラントから取引した機械兵、インスタノイドの大群を呼びだして大会の賞品であるトロフィーを盗み出したが、ヴァンガルドの後を追ったジュナとフリージルドが見つけた時は、ヴァンガルドしかおらず、融合獣のガチリーザーは消えていたのだ。

「あの後、逮捕されて良かったけどね。だけど騒ぎのせいで大会は中止、勝者もなしになっちゃったのが心残りだけど」

 トリスティスが惜しむように呟いた。

「まぁでも、あの大会のお陰で他の融合適応者さんらと知り合えたり、親しみが出て良かったと思いやせんか。このお菓子、旨い」

 ソーダーズが羅夢が持ってきてくれた貸しを尖った口先で刺しながら口に投げ入れた。羅夢が持ってきた菓子はふかし芋と甘豆を一緒に蒸し固めたやつである。

「しかし、いつダンケルカイザラントがエリヌセウスに来るか気をつけておかないと。融合獣を連れた幹部や機械兵もだけど怪獣だって出てきたんだし」

 ジュビルムが羅夢のひざ上で言った。

「そうだな、ブレンダニマ……」

 エルニオが呟いた。ダンケルカイザラント製の怪物、ブレンダニマは一度はエリヌセウス皇国のエルネシア地方内の無人地で、二度目は羅夢の住んでいる地域の身障者の施設で、三度目はエルセラ地方の農園で大暴れしたのだった。

「ヘヴィエナ農園にブレンダニマが出てきた時、本気で驚いたわ。今は持ち直したけれど、あそこのおじさんたちエルネシア地方に避難していたんだもの」

 トリスティスが三ヶ月前に贔屓にしている農園にブレンダニマが出てきた時のヘヴィエナ一家の様子を思い出していた。

「最初の時、黒い牙獣族の融合獣を連れたユリアスって奴がブレンダニマを出してきたんだな。あの時、俺とジュナはブレンダニマに苦戦し、そして……」

「あの一角両翼の融合闘士が現れたの。しかもとても強かった。すぐに去っていったけれど」

 ラグドラグとジュナは思い出して言った。

「二〇〇年前融合獣を生みだした科学者……ダンケルカイザラント……ブレンダニマ……融合暴徒(フューザーリオター)……ダンケルカイザラントに連れて行かれた囚人や身寄りなしの身障者に孤児……一角両翼の融合闘士……」

 エルニオはこの五ヶ月の間に起こった出来事を呟いていた。関係ありそうで実はなかったり。あるいは関係なさそうであったり。いずれ明らかになると誰もが感じていた。


「ふああああ……」

 みんなでおさらい企画を実行していたジュナが大きなあくびをした。

「ジュナさん、大丈夫ですか?」


「そーいや徹夜していたんだっけ……」

 羅夢とトリスティスが眠たそうなジュナを見て心配した。

「ジュナ、もう今日はここまでにしようぜ。明日は入学式の練習だけで、特に必要な勉強はないんだろ?」

 ラグドラグがジュナに言った。

「ん、そうだったわぁ……。お昼御飯も食べなきゃ……」

「何言ってやがる。今は寝ておけ。みんな、もう帰っていいぞ」

 ラグドラグはジュナにベッドで寝るように促し、エルニオたちも日課や家業の手伝いのため帰宅していった。

 帰り道で、エルニオとトリスティスは羅夢に明後日からの入学式のことを話した。

「そーいや羅夢ちゃんも明後日から私たちと同じエリヌセウス上級学院に通うんだよね?」

 トリスティスの問いに羅夢が答えた。

「はい。自然学科に……。これでわたしもジュナさん、エルニオさん、トリスティスさんと同じ学校に行けて嬉しいです」

 羅夢はジュナがエリヌセウス上級学院に転校してくる少しまでにエリヌセウス上級学院の入試に合格して、入学が決まっていた。

「二十数日ぶりにみなさんと久しぶりの顔合わせだったけれど、みなさんそんなに変わってなくて良かったです」

「まあな。少し背が伸びたぐらいか?」

「確かに。ジュナも羅夢ちゃんもエルニオも〇.三、四ジルクは伸びたって感じよねー。

 私の変わったことは……」

 トリスティスが言おうとした時、エルニオと羅夢は「何?」と言うかのようにトリスティスに視線を向けると、トリスティスは手で口をふさいだ。

「やっぱ、何でもない。私、お昼忙しいから急いで帰らないと……」

 トリスティスはソーダーズを連れて、川の近くの街へとかけていった。

「一体なんだったんだ……?」

「隠し事ぽかったですよねぇ」

 エルニオと羅夢も顔を見合わせ、やがて二人も会い型の融合獣と共にそれぞれの街へ帰っていった。

 土手に水が溢れれば機械堤防がせり上がる仕組みになっているピーメン川沿いの街、エルセラ区の中にある三階建ての南国料理店『潮風』がトリスティスの家だった。

 トリスティスは両親と共に昼食時の料理店の受け付けや食器下げ、零れた汁や割れた食器を掃除したりとバタバタであった。

 昼の九時半になると、ランチタイムが終わって夕方になるまで休みやその準備に入る。

 カウンター席でトリスティスは両親、ソーダーズと共に昼ごはんの余りの貝や小海老やイカが入った海鮮炒めご飯と彩り野菜の南国サラダ、甘酸っぱい果物と酢と塩であえた白身魚を食べていた。

「ごちそうさまー」

 トリスティスが厨房へ食器を下げに行こうとすると、母親が止めた。

「トリスティス。あんたが帰って来る前に手紙が来ていたわよ。あんた宛の」

 母親はトリスティスにそう言った。トリスティスは父親は水棲人種(ディヴロイド)だが、母親は南国に多い人種、ソルロイドであった。といっても母親は南方人種にしては肌の色素が薄くてトリスティスと同じ色の肩まである薄紫の髪と黄褐色の眼をしていた。

「手紙? コルエダにいた頃の友達?」

「いいえ。国外郵便だったけど、消印が違ってたわよ。あんたの部屋にあるから」

 トリスティスは食器を洗うと、急いで三階にある自分の部屋の机上の手紙を目にした。

 封筒は網目状の繊維の生成り色の素材で巻き貝に海星の切手、消印にはエクート共和国と刻まれていた。封筒の裏には〈H・Z〉というイニシャルが書かれていた。

「もしかして……」

 トリスティスは封筒をハサミで開けて、中に入っている封筒と同じ素材と色の便せんを見て、先月の融合闘士格闘大会で知り合った水棲人種(ディヴロイド)の青年、ヒアルト・ゼペリックだと気づいた。

 トリスティスはヒアルトからの手紙を見て、目をらんらんとさせた。

「姐さん」

 ソーダーズがトリスティスの部屋に入ってきた時、トリスティスは驚いて椅子から転げ落ちた。

「痛てて……。いきなり声をかけないでよ」

 トリスティスは腰をさすりながら起き上がり、ソーダーズはトリスティスが手に持っている手紙の送り主を見て訊ねた。

「ヒアルト・ゼペリック……? ギラザーズの適応者の?」

「うん……。大会の最終日に起きた決勝戦でダンケルカイザラントの機械兵が攻めてきた時、助けにきてくれたの、彼……。

 ナンパかと思っていたら、そうじゃなくって。文通相手から始めることに……」

 トリスティスは格闘大会で出会ったヒアルトと試合し、その後は助け合いで仲を深めようとしていこうと決めたのだった。トリスティスが帰り道に口ごもらせたのはヒアルトのことだった。

「あ、みんなには言わないでよ。冷やかされると困るから……」

「わかってやすって。でもいつかは教える日が来るのを信じてやすから」