5話・シグルスの学校生活


ただいまー」

 栄希とシグルスは家に帰宅し、夢乃が出迎える。

「シグルス、お兄ちゃん、お帰りなさい」

「夢乃ちゃん、ただいま。夢乃ちゃんは先に家に帰ってきたんだよね?」

 シグルスが訊くと夢乃は答える。

「うん。フリッグが迎えに来てくれたよ」

 その日の夕食時、父も母も帰ってきてフリッグの作ったハンバーグディナーにありつく。

「シグルスくん、学校はどうだったかい?」

「六年二組は牧野寿理先生が担任で、クラスは二十一人で、一時間目は算数で……」

「あ、いや、簡潔に話してくれ」

 父に言われてシグルスは電子頭脳を利かせて簡潔にまとめる。

「とても賑やかな所です。男の子も女の子も大きい子も小さい子もいて」

「まぁ、そう思ったのね。学校みんなにロボットだって知られなかった?」

 母の質問に栄希が答える。

「え? ま、まぁ、大丈夫だよ……」

 堀込源が痛がるほどにつかんできたり、体育の授業で節目のある腕や脚を見られそうになったり、飼育小屋のウサギをパニュスと言ったことはしゃべらずに。

次の日は音楽の授業があって、音楽室の冴島(さえじま)先生の演奏に合わせて校歌と滝廉太郎の『春』を唄うことになった。ロボットは音楽を聴くことはあっても、歌を唄ったり楽器を演奏したりすることはあるのだろうかと栄希は思った。

 冴島先生は五十代の女の先生でアップした髪に四角眼鏡の小柄な先生で、ピアノを弾いて第三小学校の校歌を生徒たちが唄うのだが、冴島先生は演奏を終えるとシグルスの方に視線を向けて注意してきた。

「アスガルドくん。あなた唄っていなかったでしょう。転校生は校歌ぐらいは唄えるようにならないと」

「せ、先生。シグルスは校歌の歌詞とリズムを聞いていたんです」

 栄希が冴島先生に説明する。冴島先生は黒縁眼鏡を正すと、シグルスにこう言ってきた。

「ではアスガルドくん、唄ってみなさい。一度聞いた演奏ならば大体唄えるでしょう」

 そう言って他の生徒たちを座らせてシグルスだけ立たせて冴島先生のピアノを耳にして、校歌を唄った。


 光照らす太陽の下(もと)にぼくらはここにいる

 正しく健やかに勤勉にぼくらは学びえる

絹橋第三小学校 幸(さち)と栄(さか)えあれ


 冴島先生はシグルスの唄った校歌を聴くと、ピアノの鍵盤を止めた。

「……完璧です。音程を外すこともなく、歌詞を間違えることもなく、よく出来ました」

 回りのクラスメイトも感心して、シグルスの歌にあ然とする。

 他の日ではシグルスは家庭科の裁縫でエプロンを手早く丁寧に縫い上げたり、図工の授業でクロッキー画をプロの画家並みに描いたり、書道の授業ではお手本そっくりに書写したりと、先生も同級生も驚かせていた。

 シグルスは転校して一週間目にはクラス中の人気者になり、また運動系のクラブからの誘いも多かった。

「君がシグルス=アスガルドだね? 野球部に入ってピッチャーになってくれ!」

「いや、サッカー部のフォワードになってくれ!」

「バスケット部に!」

 誰もがシグルスの文武両道ぶりに目を向けて、シグルスはいつも引っ張りだこだった。シグルスが運動部のキャプテンに囲まれていると、栄希が現れて運動系クラブのキャプテンを追い返すのだった。

「あのー、シグルスはそういうのには慣れてないんで、あきらめてくれる?」

 シグルスに世話役がいると、キャプテンたちは気を悪くして引き下がるのだった。

「栄希くん、いつもありがとう。ぼくは強引なことが苦手で……」

「いいってことよ。シグルスを学校で守ってやれるのは、ぼくしかいないし」

 教室に向かいながら二人は廊下を歩いていった。

「もうシグルスが学校に来てから十日も経つんだなぁ」

 栄希はシグルスが自分の学校に転校生としてきた日を数える。

「うん、栄希くんと夢乃ちゃん以外の友達も出来たしね」

 シグルスは言った。シグルスが学校に通うようになってからは、栄希と夢乃とシグルスの三人で登校し、栄希とシグルスの授業が六時間あったりクラブと委員会のある時はフリッグが夢乃を迎えに来てくれていた。

 シグルスは金髪に緑の眼という風貌から男女問わずチヤホヤされたり、ロボットとはいえ勉強もスポーツも得意なことから人気もあった。堀込源のようなガキ大将にふっかけられることもあったけど、シグルスは決して相手を傷つけなかった。

「シグルスってさぁ、ぼくんちに来てからそうだったけど、極端にいい子だよな? どうしてなんだ?」

 栄希は思い切ってこの質問をシグルスにぶつけてきた。小説やアニメや漫画のロボットの性格は造り主がロボットの性能や労働場所に適った性格を定めているからだと栄希はそこで知った。

「ああ、それは……」

 シグルスが言おうとした時、チャイムが鳴った。

「栄希くん、次の授業が始まるよ。教室に戻ろう」

 栄希がシグルスに質問しようとした時に限ってタイミングがずれるな、と思った。

 この日は六時間目の授業もあり、栄希とシグルスは家に帰り、学校からだいぶ離れた道で、栄希は学校にいる時は聞き出せなかったことをシグルスに問いかける。

「あのさぁ、シグルス。三時間目の授業の前の時は言いそびれたんだけどさ、シグルスって何でそんなにいい子なんだ?」

「ぼくがいい子? いい子って何?」

「ぼくやお父さんや先生の言うことに一切反したりしないで、従うこととか誰にも優しく振る舞うこと」

 それを聞いてシグルスは記憶を辿りよせて、自身に定められた性格の理由を話した。

「元をたどれば、ぼくとお姉ちゃんはアスガルド星より前にいた星のロボットなんだ。ぼくとお姉ちゃんが住んでいたのは、ニブルという万年凍土の惑星で、ぼくたちはそこに住む住人の家庭内作業ロボットだったんだ」

 シグルスは栄希に自分たちの誕生の理由を語りだす。

「ニブル星は作物は少ないけど、鉱物資源や機械技術はたけていて、鉱山とかの人間が行ったら命に関わる場所はみんなロボットに任せていたんだ。

 ぼくたちを造った科学者は奥さんを早くに亡くしていて、幼い息子の世話係兼家政婦として、お姉ちゃんとぼくを造ったんだ。子供の相手をする目的で造られたぼくたちはこういう風にプログラムされたのかもしれない」

 栄希はシグルスとフリッグの誕生の理由と過去を聞いて、続きをせがんだ。

「それでアスガルド星に行った理由は?」

「行ったんじゃなくて引き取られたんだ、アスガルド星に。ぼくたちが造られてから十数年が経った頃、ニブル星に天変地異が起きて、地殻変動や洪水などでニブル星の人間や動植物が滅んで、人間よりも丈夫なロボットが僅かに残って、細々と暮らした。

 そんな時、ニブル星の生き残りロボットたちの前に一本の巨大な光の柱が現れて、ニブル星の鉱物を採りに来たアスガルド星のロボットたちと出会った

 アスガルド星のロボットたちは同じロボットには情けをかける者たちばかりで、ぼくたち姉弟や他のニブル星のロボットたちをアスガルド星へ連れて行ってくれた。そしてぼくとお姉ちゃんは王室の給仕係になったんだ。

 シグルスの話を聞いて、栄希は一瞬沈黙する。シグルス姉弟の生い立ちがあまりにもリアルだったからだ。地球でも親が病気や事故、戦災や洪水・地震といった自然災害で亡くなって孤児になる話もあるからだ。主人親子を亡くしたシグルスとフリッグはアスガルド星で住むまで、相当厳しくて寂しかったものだというのがうかがえる。

「シグルスたちも苦労していたんだね。ごめんよ、ぼくはシグルスがいい子なのには理由があると思って……」

「ぼくはいいんだよ。そしたら空間物質移動装置の異常で地球に来ちゃった時、栄希くんや夢乃ちゃんと出会えたことは良好だって記憶しているから」

「あの、できればさ……。シグルスのアスガルド星での友達や知り合いのことを話してくれないかな〜、なんて」

 栄希はシグルスに無理を承知で頼み込む。

「いいよ。ぼくたちを拾ってくれた王様やアスガルド星での友達のことを」


 今日は宿題のある日だったのでシグルスは栄希の部屋に来て、宿題と今日の授業の復習をやった。シグルスが学校に通うようになってから栄希は宿題や予習復習のわからない所があるとシグルスから教えてもらっていた。

「シグルスたちを拾ってくれたアスガルド星のロボットはアスガルド王オーディンに仕える将校のロボットねぇ。将校っていうけどさ、アスガルド星って他の宇宙人に狙われているから戦闘用のロボットもいるってことなのか?」

 栄希は勉強をしながらアスガルド星での彼の仲間ロボットの話を聞かせてもらうと、アスガルド星に戦闘用ロボットもいることに尋ねてくる。

「戦闘用ロボットっていっても、最初からそういう風に造られていたって訳じゃないんだよ。戦闘用ロボットは以前は工業用や自然作業用、家庭内作業用とむしろ戦闘用でないロボットだったということが多いんだ。

 工業用や家庭用のロボットが戦闘用に改造するのは、自分たちの身を守るための方が多いんだ。決して誰かを支配したり何かを奪うための戦闘用ロボットはアスガルド星にはいないんだ」

「自分たちの身を守る……。アイザック=アシモフって人が書いたロボット小説でも〈ロボット三原則〉ってのがあって、@人間を傷つけない、A人間の云うことは聞く、B前の二つに反しようが反しまいがロボットは人間を守る、というのがあるんだよな。要は人間とロボットがお互いを大事にするための法律なんだよ」

 シグルスの戦闘用ロボットの話を聞いて、栄希は〈ロボット三原則〉に当てはまると返事をした。

「この間、ぼくが図書館で読んだチャペックの『ロッサムのロボット株式会社』の本にはさ、ロボットは人間に代わって高い所や険しい場所といったために働くだけなのが、ロッサム博士の息子の案によって〈余計なもの〉をロボットから外して、ロボットは労働のための存在になって、人間は何もしなくなった上に戦争もロボットに任せるようになった、って内容だった」

「戦争や労働の存在……」

 シグルスは『ロッサムのロボット株式会社』の話の筋を聞いて呟く。

「だけどロボット技師は社長の息子に言われてロボットから取り除いた〈余計なもの〉――人間と同じ心をいくつかのロボットに残しておいた。

 それで人間の仕打ちに耐えきれなくなったロボットたちは反乱を起こして、人間たちは自分たちの造ったロボットで滅んだ、ってことになってんだけど……」

「ロボットに人間と同じ心……」

 シグルスは栄希から『ロッサムのロボット株式会社』の筋を聞いて呟く。

(そういえば栄希くんって、ニブル星にいた時にぼくとお姉ちゃんが世話をしていた坊やに似ているんだよね……)

 シグルスの主人だった父子はもういないが、シグルスとフリッグはかつての主人父子と一緒に過ごした記憶を電子頭脳から引き出した。自分たちを造ってくれた主人の息子は三、四歳くらいの小さな体で、文字の読み書きや歌を唄ったり、かけっこや踊り、お絵描きや作文を次々に覚えていき、体も次第に大きくなってシグルスの背を越していって、数式や会話や古代語などの知識を得ていき、走ることや乗り物に乗ることも覚えていった。

 父親の方も年々、しわや白髪が増えて老けていったが、長く生きているため賢明であった。主人父子はニブル星の天変地異によって、彼らの住んでいた村は雪崩に呑み込まれ、人間たちは寒さと雪の重みで亡くなった。取り残されたロボットたちは主人との死別にうちつけられ、白い寒空と雪だらけの寂しい地で捨てられた動物のように過ごしてきた。

 主人父子と一緒にいた良い記憶も主人父子を亡くした悪い記憶もシグルスとフリッグの電子頭脳の中に残されていた。

 その時、コンコンとドアの叩く音がしたので、栄希がドアを開けると夢乃がいた。

「お兄ちゃん、シグルス。もうすぐ『マシンレジェンド』が始まるよ」

『マシンレジェンド』とは四月に始まったロボットアニメで栄希も夢乃も毎週木曜日の夕方六時の楽しみであった。

「ああ、そうだったな。シグルス、行こう」

「うん」

 夢乃と共に栄希とシグルスは一階のリビングへ向かった。


 四月ももうすぐ終わる頃、絹橋第三小学校の六年生は遠足で千葉県の湾岸にある葛西(かさい)臨海水族園へとやって来た。

 バスに乗って高速道路で移動し班ごとに分かれて、ガラスで張られた水槽の魚やタコや海老といった海の生き物を観察する。

 シグルスは栄希・純也・智佐絵と同じ班になり、シグルスは初めての水族館に目を移らせていた。水族園内は薄暗く、種類によって水槽の大きさや空間が異なり、絹橋第三小学校の他にも、他の小学校の生徒やデートに来ているカップル、仕事がオフの女の人といったお客さんが来ていた。

「水族園って、色んな魚がいるんだね」

 シグルスが栄希に言ってきた。

「シグルスは水族園って初めてなんだよな。魚や貝や甲殻類の他にも、ペンギンやイルカやアシカもいるんだよ」

 栄希がシグルスに教えると、同じ班の純也と智佐絵は不思議がる。

「えっ、シグルスくんって水族園に行ったことがないの!?」

「どういうこと? スウェーデンにだって、水族園はあったでしょうに……」

 純也と智佐絵の反応を見て、栄希は誤魔化した。

「あっ、えっと、その……。シグルスが住んでいた地域には、水族園も動物園もなくってさぁ、こういう所はとてつもなく珍しがっていて、な」

 それを聞いて純也と智佐絵は納得する。

「そうだったのか……。だけど以前住んでいた所には動物園も水族園もなかったんじゃな」

「そうよね。折角の遠足なんだから、楽しみましょう」

 純也と智佐絵に促されて、シグルスはうなずいた。

「うん。次は熱帯魚を見に行こう」


 絹橋第三小学校の生徒たちはお昼の時間になると、水族園の外を出て海岸が見えるタイル張りの広場でレジャーシートを広げて昼食を採ることになった。

 水族園は海の近くに建てられ、また葛西臨海公園という遊園地があり、巨大な観覧車やジェットコースターのレールなどのアトラクションが見え、灰色の砂の海岸に紺色の海と白い雲の浮かぶ空の色が対比になっており、潮風が吹いて海の水面を揺らしていた。

「わぁ、シグルスくんと栄希くんのお弁当、おいしそう」

 純也がシグルスと栄希の弁当を見て言ってきた。二人の弁当箱には全体に海苔を巻いたおにぎり、からあげ、卵焼き、プチトマト、ブロッコリーのマヨネーズ焼き、ニンジンのグラッセ、デザートにはサクランボも入っていた。卵焼きにはシラスとホウレンソウも入っていて、カルシウムと鉄分が取れるようにアレンジされていた。

「定番のおかずなのに、よりおいしそうに見えるね。お母さんが作ってくれたの?」

 智佐絵が訊いてくると、シグルスが答える。

「ぼくのお姉ちゃんが作ってくれたんだよ。朝早くぼくと栄希くんのお弁当を用意してくれたんだ」

「へぇ、シグルスくんにお姉さんがいたんだ。お姉さんも栄希くんの家に住んでいるんだよね?」

「うん。お母さん手芸講座の先生をやってて、お母さんが家にいない時は家事をやってくれたり、夢乃の下校のお迎えをしてくれるんだ」

「料理がこんなに得意なら、会ってみたいなぁ」

 智佐絵が言ってきたので、栄希は弁当を食べる手を止めて、曖昧に返事をする。

「あ、ああ。わかったよ。もうすぐ連休だし、フリッグとお母さんたちに訊いてみるよ」


 遠足から帰ってきた後の夕方、シグルスと栄希は母に相談してみた。

「栄希の学校の友達がフリッグちゃんに会ってみたいって?」

 母は隣町にある手芸講座から帰ってきたばかりで、フリッグはお使いから帰ってきたばかりで、栄希が遠足であったことを聞いたのだった。

「うん。純也くんも智佐絵ちゃんもそう言ってきて……」

 シグルスは母に言う。

「そうねぇ、お父さんが帰ってきたら話してみるわ」

 夜七時になって父が帰ってくると、フリッグが作った夕食の五目ご飯とアジの塩焼きとポテトサラダを食べながら、シグルスと栄希は自分の同級生がフリッグに会いたいと言っていたことを聞くと、しばし考える。

「学校の友達がフリッグに会ってみたい、ねぇ……。シグルスもフリッグもアスガルド星から来たロボットだと気づかれてないようだし、いいんじゃないか? 家に招待しても」

「そうですよね、わたしたち以外の人たちはシグルスくんとフリッグちゃんがロボットだって知らないし」

 父の相談を受けた母も賛同する。

「どうせなら、おうちでパーティーしたいな。お兄ちゃんの友達が来るんなら」

 夢乃がアイデアを出してきた。

「純也と智佐絵ちゃんをフリッグと初会わせするためのパーティーかぁ。それにしよう! ただ呼ぶだけってのもなんだし」

 栄希が夢乃のアイデアを聞いて、ポンと手を叩く。

「そしたら、わたしが栄希くんの友達のためにお料理を作っておきます」

「ぼくも作るよ」

 フリッグとシグルスがパーティーの料理を作ることに乗る。

「よーし、連休は栄希の友達とホームパーティーだ!」

 父がそう言ったので、連休は高里家のホームパーティーに決定したのだった。