2弾・幕間 一五〇時間後



 大小様々な衛星が浮かぶミュー星域の衛星群。その一ヶ所の衛星にウィッシューター号が停泊していた。その中の司令室兼操縦席で、リブサーナ達五人はブリックの帰りを待っていた。

「あーあ、ブリックいつかえってくるのかなー」

 今回は艦長と一緒に長いことウィッシューター号に居つづけたピリンが呟く。

「仕方なかろう。ブリックも三年ぶりに恋人に出会えて、それだけの我慢もあったんじゃ。今は二人きりにしておけ」

 司令席に座るグランタス艦長がタブレット端末でミュー星域連合軍配布の新聞を読みながら言った。

「こっちはウィッシューター号の燃料チェックやエンジン整備、炊事に掃除、洗濯や宇宙市場(コスモマーケット)の買い出しもあるってんだぜ?  俺やアジェンナはマニュアルを見ないと宇宙艇のメンテナンスが出来ない、ってのに……」

と、薄茶色のツナギ姿のドリッドが言う。ブリックらレプリカントは製造される時に、ありとあらゆる機械などの知識や技術や語学などをプログラミングされるため、ウィッシューター号だけでなく、あらゆる機械の修理や点検製造がこなせるのだ。

「あたし達が同じ所で腐ったような生活をしてる、ってのに、あいつは彼女とイチャイチャしてんのよ。何か羨ましい」

 アジェンナが恨めしそうな顔をして言った。

「もしかしたらセルヴァさん、わたし達の仲間になる? ブリックとどうしてもいたいのなら、家政婦になってもらえれば……」

 リブサーナが今後の展開をみんなに語る。セルヴァはブリックと同じ場所で働いていた頃は居住区の賄い役をやっていたから、セルヴァがワンダリングスに入ったら家政婦しかないと思ったのだ。

「まぁ、なったらなったでそれはいいが、わしらと上手くいくかどうか……」

 艦長がリブサーナの提案を聞いて、溜め息を吐く。遊郭衛星プジョーヴが崩壊し、ブリックが恋人と過ごしてから一四〇時間以上が経過した。五人は寝食とマシンメンテナンスと司令室の交替と武術訓練を繰り返していた。流石に飽きたピリンをなだめるために、艦長はピリンを連れて宇宙市場(コスモマーケット)へ行った。今、艦長とピリンは数時間前に帰ってきたばかりである。

「あ、わたし、お茶入れてきますね。今度は何味のお茶がいいかな……」

 リブサーナが操縦席の椅子から立ちあがった時、司令室中央のコントロールパネルのレーダーが鳴った。座標を確認すると、それは宇宙カプセルであった。

「ブリックが戻ってきたか。すぐ入れておかなければ」

 艦長は顔を明るくし、コントロールパネルのキーボードを叩いて、ウィッシューター号の小型艇ハッチを開封した。宇宙カプセルはすいっ、とウィッシューター号の中へ入っていった。

「ただ今帰って来ました、艦長」

 ブリックを迎えに来たリブサーナ達は機体の下層部へ行く途中の通路で、一五〇時間ぶりにブリックと合流し、ブリックは敬礼する。

「戻ってきたかブリックよ。久しぶりの蜜月はどうだったか?」

 艦長はブリックを見つめる。戻ってきたブリックはいつものように青い全身スーツと白いブーツの姿で、両手にはいくつも紙袋を下げていた。

「おおっ、こんなにおみやげありゅぉ!」

「気がきくわね」

 ピリンとアジェンナがブリックが各所で買ったお土産の袋を見てはしゃぐ。

「リブサーナ、食堂へ行ってお茶の準備をしてきなさい。みんなでそこへブリックのお土産話を聞こうじゃないか」

「はーい」

 リブサーナは艦長に促されて、食堂へと行った。

 食堂でワンダリングス兵団の六人が全員集合し、リブサーナがマグカップにミュー星域某所の茶葉で作ったお茶をティーポットから注ぐ。マグカップは男性陣は青いマーブル模様、女性陣は桃色のマーブル模様である。

 ブリックが手に入れたお土産は、紅白饅頭、七つの果物の味が入ったチョコレートや白地に茶色や緑が混じったクッキーや干し肉、チーズの詰め合わせ、各惑星の果実酒や甘味ドリンク、食べ物以外では様々な絹や毛織物の反物、赤や青などの色ガラスの食器、金銀の飾り石のついたブレスレットやネックレスといった装身具である。

「おー、すげーなー。二人で色んな惑星を回ってきたんだな」

 ドリッドがブリックのお土産を見て感心する。リブサーナは反物を手にとって肌触りと色柄を確かめ、アジェンナはアクセサリーを試し付け、ピリンは饅頭やちょこーレートを開けて食べる。

「さぞかし楽しかったようだな。それで、彼女はどうした?」

 ドリッドがブリックにセルヴァの事を訊ねてきた。それを聞いてブリックは答えた。

「連合軍に頼んだよ。私と一緒に過ごした後、連合軍のもとでメンタルケアを受ける、って」

「そうか……。だが、連合軍にいれば面会できるんだよな?」

 ドリッドは一旦がっかりするも、表情を明るくする。

「ああ。でも、連合軍にいるのなら、私の希望だ」

 ブリックは腰をかけ、リブサーナの入れてくれて甘い香りのするお茶をすすった。

 一五〇時間ぶりにワンダリングスに戻ってきたブリックは艦長達と楽しいひと時を過ごし、ウィッシューター号は衛星群を離れ、紫紺の地に赤や青や白が散りばめられた星々の中を泳いでいった。機体の後部から青白い放物線を放っていく。

 衛星群を離れてから十数時間後、リブサーナ達はミュー星域のある惑星のレプリカント製造センターを見学する事になった。惑星は酸素やメタンなどの数種類の元素が地域ごとに漂い、レプリカント製造センターは赤茶色の大地から湧き出るアンモニアの漂っている地域に立てられていた。緑の木や草が生える酸素の漂う地とは雲泥の差である。赤茶の地に白い半円状の建物が四つ正方形に並び、白い管のような通路のある施設である。

 この星の住民はヒューマン型であるが、体に青い鱗があり、耳は尖っていて尾のある種族である。リブサーナ達はセンターに入る時、霧状の消毒液をかけられ、見学許可証を首にさげてセンターを歩き回った。

 ガラス越しに見えるレプリカントの内臓や皮膚や骨格を造る装置は必要な元素が入った粉や液体を筒状のカプセルに入れてこね、情報を印字するように造られ、爪や毛など一通りそろうと、手先がピンセットのようになっている機械腕が次の施設に贈るために、白い台付きのコンベアに乗せられていく。腸も胃も生々しく心臓なんかはピンク色でと殺したばかりの家畜のもののようにぴくぴく動き、眼球も不気味でガラス越しにリブサーナを見つめているようだった。ホジョ星で枝角牛(ブランチカウ)や三毛羊を食肉に変えるのは幼いころから見慣れているのに、何故か人間のものはおぞましく思えた。

 二番目の施設では、白い手袋と全身を覆う白い眼出しの滅菌服を着た技術官が細くて長い無数の操縦アームを使って、最初の施設で造られたパーツを大きな長方形の台に乗せ、骨をつなぎ合わせ、内臓を並べ、神経や血管を肉や筋に入れ、脳を頭蓋骨に移植し、肉片を本体と合わせ、それが終わるとその奥の三つある水槽の一つ目の赤い液体の中に、天井から下げられてワイヤーを使って移動させて入れた。

「この液体はレプリカントの"血"で、体内に血液を入れるほか、肉片と肉片をつなぎ合わせられるのです」

 センター長はワンダリングスに説明する。次に肉体はまた台の上に戻され、技術官が赤みの入った白い皮膚を肉体に張り付け、手足の指に爪、頭部の皮膚は目や花や唇がずれないように丁寧に張り付け、再び台をワイヤーで持ち上げて、肉体を二番目の白い半濁の水槽に入れた。白半濁の液体は皮膚をつなぎ合わせる作用を持っているようだ。そして台に戻され、胸に二つのふくらみを持つ女性体が出てきた。そして技術官が髪の毛やまゆ毛やまつ毛をピンセットアームで移植する。そして移植が終わると、三つ目の薄青い液体の水槽に入れた。

「これは毛を永久接合させるものです」

 技術官は説明する。そして女レプリカントの体が出来上がると、技術官は黒いペンチのようなものでレプリカントの右足首にはさんだ。足首には〈MD―63〉の識別番号が刻まれた。技術官はレプリカントに白い上下に服を着せ、第三施設へと続くコンベアの上に乗せられた。

「そして、第三施設で、そのレプリカントに必要なデータ……個人名や宇宙中のあらゆる知識や技術や学問、自分が勤める内容の情報を人体インストールすれば完成です。

 と、いってもすぐに作業できる訳ではなく、第三施設内のテストルームで見聞や歩行、発生などの体力テストと訓練。次に読み書き計算などの学問技術訓練とテスト。そして与えられた職場と似たような空間でのテスト。働けられるのは早くて三週間、遅くて二ヶ月です。寝食などの生活は第四施設です」

 センター長はレプリカント完成までの流れをワンダリングスに教えた。

 レプリカント製造センターを終えたリブサーナ達はウィッシューター号へ入って行き、操縦席に集まる。

「レプリカント、ってああいう風に造られていたのか……」

 リブサーナは席に座って、製造センターでの様子を見て述べる。

「ああ。狩りやと畜で命を奪うってのは目にしてっけど、命が工場で造られる、ってのはどうかと……」

 ドリッドも頭と指を合わせる。

「てか、ブリックもああいう場所で生まれたっていうし」

 アジェンナがブリックに視線を向ける。

「ああ、まあな……」

 ブリックは生返事する。ブリックもエプシロン星域のとあるレプリカント製造センターで訓練を受けていた事を思い出す。

 同時期に造られた者達と一緒に歩行と転倒を繰り返しながら白い凹凸付きの衝撃材の上を歩き、道具を使う訓練で椅子に座ってあらゆる文字や計算をペンで書き、書かれた通りの文章を朗読し、複数の仲間と鉱山で似た訓練先で、と。

 そんな中、自分より後から造られた女レプリカントが歩行も道具使用もいくつかの訓練を受けても他者よりも遅れているのがいた。それがセルヴァだった。

 ブリックはセルヴァを妹のように世話し、センター長に工業や軍事や製造も向いていないセルヴァに他の仕事を与えてほしいと頼んだ。それが宇宙鉱山勤めのレプリカント達の賄い役だった。

 妹のようにセルヴァを見てきたブリックは、いつしか一人の女性として、セルヴァを愛するようになった。

「しょろしょろしゅっぱつしよー。こんなアンモニアくしゃいとこ、はやくでたいぉ」

 ピリンが艦長にせがむ。

「ウィッシューター号、発進!」

 艦長の声を共にウィッシューター号は離陸し、レプリカント製造センターのある惑星を出て、星の煌めく宇宙へと入っていった。