4弾・5話 ワンダリングスの研修者


 パルバム星の王の依頼を遂げてワンダリングスはダイチェ星を旅立ち、宇宙空間を漂っていた。ダイチェ星は枯れ葉の多い木々に枯れ草ばかりの地に水は冷たく、それでも霜のひどかった時期は終わり、ワンダリングスがパルバム星の王から送ってくれた花や穀物の種で緑豊かな星に変わるだろう。ただパルバム星人は二枚貝の人間(ヒューマン)型星人に対し、ダイチェ星人は灰色の毛に覆われた三角耳にげっ歯、ふさ尾の獣人型星人で、この両者が交流を深めているのには気になったリブサーナだが、それでも助けあいは星内だろうが星外だろうが必須と思った。

 ダイチェ星を出た後はブラックホールのある経路を往復せずに迂回して、オミクロン星域の裏側であるカッパ星域の衛星群やブラックホールのない空間を選んだのだった。

 ダイチェ星を旅立ってから六十二時間後、ウィッシューター号の司令室にカッパ星域の連合軍からの応答信号が届いた。司令室にはグランタス艦長とアジェンナがいて、グランタス艦長は司令席から立ち上がり、盤状モニターのコンソールを操作して出る。

「こちらワンダリングス艇、ウィッシューター号艦長、グランタス=ド=インデス。応答どうぞ」

 すると盤状モニターの画面から青い連合軍の軍服と軍帽姿の人間(ヒューマン)型星人の壮年の男の姿が映し出される。中間肌に黒い切れ長の眼と黒髪のオールバックと口ひげが特徴である。艦長に伝えられるよう翻訳機が作動されている。

『私はカッパ星域連合軍ウェルズ星支部中将、ゲルギオ=ハワードである。この度はグランタス艦長に任務をお願いしたい』

「はっ、どのような任務で……?」

 ハワード中将は軽く咳払いをすると、任務の内容をグランタス艦長に伝える。

『実はというと、我がウェルズ星第二十七代目大統領の御子息をワンダリングスでしばらく研修させてほしい、と大統領からご命令が与えられたのだ。

 もうすでにパルバム星での任務は終わったのであろう?』

「だ、大統領のご子息をワンダリングスで研修させてほしい、と……? そんなめっそうもございません。我がワンダリングスでの他星や連合軍からの依頼は不定期で、戦闘や危険帯での任務もございます。大統領子息にもしもの事があったら……」

 グランタス艦長はウェルズ星支部の中将からの依頼内容を聞いて後ずさりし、何とか断ろうとしたが。

『グランタス殿、流浪の兵団だからこそ、大統領ご子息の修業に付き合ってほしいのです。現大統領のご子息のハミルトン様は末息子の三男坊といえど、いずれは我がウェルズ星を担う者なのです! ウェルズ星とその周辺ではハミルトン様の知恵と精神を養うのには不足なのです!

……どうしてもハミルトン様の身に危険が生じた場合は我々ウェルズ星支部が責任を獲ります。

 では、お返事をお待ちしております』

 そこで通信が切れ、盤状モニターの映像も音声も消えたのだった。グランタス艦長は操縦席でコックピット窓型モニターを見つめながら座っているアジェンナに伝える。アジェンナもグランタス艦長とウェルズ星将校の会話を耳にしていたから内容は把握できる。

「アジェンナ、ウィッシューター号内の艇員全員に告げろ。『司令室で緊急会議を行うからただちに来るように』と」

「はい、艦長」


 通信から五分後に、自室でくつろいでいたリブサーナとピリン、射撃訓練室で銃撃戦の訓練をしていたドリッド、研究室で薬品の調合をしていたブリックは艦長からの命令を受けて、司令室に集まった。

「先程、カッパ星連合軍ウェルズ星支部のハワード中将から任務依頼が来てな、ウェルズ星現大統領の子息をこのウィッシューター号で研修させたいとの命令が来た」

 それを聞いてドリッドが仰天する。

「艦長、マジですかい!? 大統領の息子をこのウィッシューター号に乗せて研修なんて……」

「先程ウェルズ星中将からウェルズ星内やその周辺では大統領子息の知恵と経験を養うのには不足だから、と。宇宙各域を渡りゆく我々ワンダリングスが研修先に適していると」

 艦長は一同に説明する。

「あの……大統領の息子さんて、どれ位の年齢ですか?」

 リブサーナは艦長に尋ねる。

「ウェルズ星年齢で十八歳だ。現在は星内の最高学府の旧王立学院に通っている。研修課題のための研修だそうだ」

「わたしとそんなに変わらないんだ……」

 リブサーナは呟いた。リブサーナにも三歳上の兄がいたが、六つ上の姉と両親ともどもホジョ星へやってきた宇宙盗賊の襲撃で他の村人も喪っている。リブサーナから見れば兄もしくは友達、それでなくても星王の息子みたいな御方だと思った。

「別にいいじゃないですか。教育の一環として」

「けんしゅーとかならかんげいだぉ」

 ブリックとピリンが受け入れを気にせず同意する。

「俺も受け入れますよ。上からの命令なんじゃね」

 ドリッドも答え、リブサーナも頷く。

「……よし、では皆の意見により、ウェルズ星大統領子息、ハミルトン子息をカッパ星域連合軍宇宙ステーションへ迎えに行く」

 グランタス艦長は艇員(クルー)の多数決でウェルズ星大統領子息をワンダリングスに置くことにした。


 それから四十二時間後、短縮経路方法でカッパ星域連合軍宇宙ステーションに到着し、宇宙空間の惑星や衛星群から大分離れている銀とメタリックブルーの特殊合金で出来た建造物は巨大な輪の中に十字状の生活層が施されている。ワンダリングス宇宙艇ウィッシューター号はステーションの中に入り、ステーションと停泊させた宇宙艇を繋げるチューブ型通路を通って、ステーションの内部に入る。

 中には重力安定装置で地上と同じように歩く事ができ、様々な姿のカッパ星域の宇宙人達が連合軍の青い軍服や新米兵士が着るフィット状の色付きの全身スーツをまとい、カッパ星域の様々な言語で会話している様子が見られた。

 グランタス艦長、ドリッドは礼装用の軍服をまとい、アジェンナ、ブリック、ピリン、リブサーナはワンダリングスの紋章入りワッペンが右腕と左胸についた銀色のジャケットを着ていた。

 左右に開く鉄色の扉がいくつも並ぶ通路を歩いていると、その一つからグランタス艦長が数十時間前に通信を交わしたカッパ星域ウェルズ星支部中将ハワードが出てくる。

「よくおいでなさいました。グランタス殿……。こちらへどうぞ」

 ハワード中将に促され、ワンダリングスは部屋の中に入る。入った部屋は応接室で、壁はオフホワイト、床はチャコールグレイで十畳はあり、二人掛けと一人掛けソファが二脚ずつあり、その中心にガラスのテーブルが置かれている。ソファはスウェード生地で茶色、その一人掛けソファに人間型星人で緑がかった黒髪は七三分けにしており、色白の肌、眼は丸みを帯びた薄茶色で三角顔、やせ型の体格に仕立てた緑のジャケットと白いシャツ、灰色の巣ラックスに黒い革の短靴をはいていた。手にはタブレット端末、ソファの脇には銀色のキャリーケース。確かにリブサーナや彼女の兄に近そうな風貌だった。

「この子がウェルズ星現大統領子息、ハミルトン=レイ=フェイバー様です。ハミルトン様は末っ子とはいえ、現場レポーターになるために旧王立学院の情報処理科に入って、御勉学に励んでおります。期限は六日間で、六日後――一五〇時間後にはお迎えの使者を送ります」

 ハワード中将はところどころに中音や高低のない訛りながらも、グランタス艦長に伝わる異星語でハミルトンを紹介した。

「初めまして、みなさん。ハミルトン=レイ=フェイバーです」

 ハミルトンはグランタス艦長が容姿からしてインデス星人だと知ると、多少訛りがあるもインデス語で丁寧に挨拶した。

「ハミルトン様、わしらは……」

 グランタス艦長が自己紹介を述べようとしたところ、ハミルトンに遮られた。

「インデス星人、ワンダリングス艦長、グランタス=ド=インデス殿。若い頃に故郷を出て、流浪の兵団ワンダリングスを設立し、宇宙各所に知れ渡る歴戦の勇者――」

 ハミルトンがグランタス艦長の姿を見ただけで容易に履歴を語り出した。それからハミルトンは他のワンダリングス艇員(クルー)を見て、名前やその経歴やらを語り出す。

「あなたはグランタス艦長の補佐役、ドリッドさん。一七歳で兵学校に入り、戦士としての才覚が高かったため、三年後に少佐に昇格。今から一〇年前に某戦地でグランタス艦長に助けられて、今に至りますね」

「そ、そうだけど……。いつ調べたんだ?」

 ドリッドがハミルトンの正確さの多い情報の語りを聞いて驚く。

「あなたはアンズィット星出身のアジェンナさん。名家の出身で人探しのためにワンダリングスに入った。幼い頃から剣術や武術が得意」

「うん……。だけど、いつの間に……」

 アジェンナが自己紹介する前にハミルトンの情報を聞いてあ然とする。

「ブリックさん。あなたは人造生物レプリカントで、エプシロン星域の宇宙鉱山で働いていた時の事故でワンダリングスに加入。ワンダリングスでは化学や医療や薬学の担当」

「……」

 ブリックは身じろぎしなかったが、ハミルトンの情報語りの凄さはコンピューター並みに等しいと思った。

「君はフェリアス星パリゼット族領のフィーリンちゃん。生まれた時から妖獣使いの才にたけていて、亡き母と同様妖獣使いになる。母の亡き後はある事故でワンダリングスに入ったようだね」

「しょーだけど……」

 ピリンがハミルトンの語りにあっけになる。最後にハミルトンはリブサーナに目を向ける。

「君は……ラムダ星域の最東端、農業惑星ホジョのリブサーナさん。つい最近、宇宙盗賊のせいで家族と故郷を失い、ワンダリングスに入った……」

「……っ」

 リブサーナはハミルトンの情報語りの正確さに頷き、少し怯えた目をしていた。

「では、皆さん。しばらくの間研修に励みますので、よろしくお願いします」

「う、うむ。では行くとしよう……」

 グランタス艦長は艇員(クルー)とハミルトンを引き連れ、ウィシューター号の中に入る。

 ウィッシューター号はステーションと分離し、後部から青白い放物線を放って宇宙空間の中へ入っていった。

 ドリッドは空いている部屋をハミルトンの宿泊室にするため掃除と寝具を出してやり、ハミルトンは自分が持ってきた銀色のキャリーケースから着替えをクローゼット、ノート型端末とデータディスクをカウンター机に置く。

 グランタス艦長は司令室に残り、操縦席は安全区域のため自動、ドリッドは射撃訓練室、ブリックは自分の研究室に戻るも、研修先での課題レポートを書くためにハミルトンは二人についていった。一方リブサーナは壁に高速オーブンや調理台、食器洗浄機、食器棚、食器を食堂にワープさせる転送台のある台所で今ある食材でハミルトンの歓迎会の食事を造るためにアジェンナとピリンにも協力してもらって、調理に励んでいた。アジェンナは野菜の皮むきや肉や魚をさばき、ピリンはデザートのケーキを作るために麦粉や砂糖の分量を測ったり、鳥卵の白身と黄身を分けてメレンゲを泡だてている。リブサーナは星米(スターライス)や青い二枚貝や棘イカとコンソメ汁をフライパンでピラフの具材を炒めている。

「あのさぁ、アジェンナ……」

 ピラフの具材を炒めながらリブサーナがクシー星域の宇宙市場で手に入れた胸鰭が四肢のようになっている銀色の魚をさばいているアジェンナに尋ねる。

ハミルトンさんって……、いくら現場リポーター志望とはいえ、どうやってわたし達の過去を知ったんだろう……。何か、気色悪い」

「考えすぎよ。あの子の家族や親せきに連合軍所属でしかも情報関係勤めはいないそうよ」

 アジェンナが前向きに返答する。ピリンは岩石イチゴやサンダーバナナや羽根ブドウなどの果物をケーキの中身や飾りにして型抜きで細かく刻んでいる(ピリンに包丁を使わせたら危ないため)。


 ウィッシューター号は上面が平たくて大きい衛星に停泊させ、ハミルトンの歓迎会を開いた。食堂のテーブルには女子三人が作った海鮮ピラフや生魚の酢あえやクシー星域の家畜のチョップスティックやメテオポテトのサラダ、白豆と青豆の合わせポタージュといったごちそうが食卓の上に並び、湯気を立てている。大きな水差しには赤い透明な薬草茶が入っている。

「わぁっ……、すごい!」

 ハミルトンはこのごちそうの外観に見とれ、立っていた。

「どうぞお座り下さい……。研修生とはいえ、大統領の息子さんですから、上座にお座り下さい」

「え、いいですよ。予備の椅子でも」

 衝動の椅子は床と一体化しており六脚しかないため、艦長は折りたたみ式の予備の椅子に座ろうとしたが、上座に座るのをハミルトンはためらった。

「いやいや、どうぞ奥に……」

 グランタス艦長が必死に勧めてくるので、ハミルトンは上座に座り、艦長はブリックとドリッドの間に座り、ハミルトン歓迎の食事会が開かれた。

「それでは――……、いただきます」

 ハミルトンは女子三人が作ってくれた料理を食べて舌鼓を打つ。

「このピラフは貝やイカや米に出汁が染み込んでいて旨いや。刺身の酢和えもあっさりしているし、ポタージュもほんのり甘くておいしい。我が家のコックよりも旨いや」

 ハミルトンがリブサーナ達の作った料理をおいしく感じて、リブサーナはハミルトンが素直に感想を述べているのを見て、朗らかになる。

 食器は台所とつなぐ転送機で片付けられ、デザートのケーキが出てくる。ケーキは直径一八センチの大きさで、真っ白なクリームが塗られ、岩石イチゴや羽ブドウやサンダーバナナで丁寧とはいえないが飾りつけられ、中心にはこげ茶色のチョコレートプレートが乗っている。そしてデコレートペンのピンクで、「いらっしゃい」とウェルズ星の文字で書かれていたのだ。

「うわぁ、おいしそう」

 ハミルトンはケーキもたらふく食べ、歓迎会は成功したのだった。


 リブサーナは風呂から出て洗面所で薄緑と緑縁のネグリジェ寝間着の姿になると、自室に帰る途中、ハミルトンと出合った。ハミルトンは歓迎会の後は個室で一旦今回のレポートをまとめるために戻り、今ちょうど小脇に自分のバスタオルと寝間着を持ってやってきたのだ。

「あ」

「ども……」

 リブサーナはハミルトンを見ると、少し後ずさりして、顔を引きつらせる。

「もしかして……、僕の事を気味悪がっている?」

 ハミルトンに心の内を読まれて、リブサーナはびくついた。

「え……、どうして……」

「あの……僕の話、聞いてくれる? 今日、君達と出会って粗目のように語ったのかを……」

「?」

 リブサーナはきょとんとなると、ハミルトンの話を聞いた。

 実はハミルトン達ウェルズ星人はリブサーナと同じ人間(ヒューマン)型星人だが、相手の心の中や記憶を読み取ることのできる能力、精神読術(サイコリーディング)を持っていた。精神読術(サイコリーディング)はウェルズ星人にとって良い時ならば、敵の考えや動きを読み取れて危機を回避し、悪い時ならば交友関係から気味悪がられていた。

 ウェルズ星は豊かな自然とどの星よりも進歩した科学技術が敵の侵略者に狙われていたが千年前に敵の侵略異星人の軍団がウェルズ星人の精神読術(サイコリーディング)に恐れて敗退し、ウェルズ星は永い事平和におかれていた。またその能力は連合軍にとっても頼られているため、連合軍勤めのウェルズ星人も多数である。

「そうだったんだ……。誤解してたわ……」

 リブサーナが苦笑いしてハミルトンに謝った。

「いいよ、気にしなくても。あのさぁ、もし入浴を終えたら、君の故郷のホジョ星の事を教えてくれるかな? レポートにしたいから」

「それなら、いいよ……」

 リブサーナは承諾して、ハミルトンは洗面室へ入っていった。


 リブサーナの部屋は壁と一体化しているクローゼットと本棚、カウンター机と椅子、窓上のベッド、私物は少ない方だ。各惑星で撮影した珍しい木や花の写真を壁に貼り、ワンダリングスに入ってから少しずつ買った万年筆や日記帳、服や靴、そしてラムダ星域の主要文字で書かれた物語の本が数冊、風景写真と動物図鑑や植物図鑑もあった。

 ホジョ星を旅立った時、家族も家も失って思い出の品もなかったが、それでもエヴィニー村での穏やかの日々は忘れていない。リブサーナは椅子に座って待っていると、ノックオンがして中に入ってきたハミルトンが入ってくる。ハミルトンは上下が黄色と茶色の縦縞の寝間着姿だった。

「ここが君の部屋か――……。随分と、清潔なんだねぇ。ホジョ星に居た時もこんな風だったの?」

「え、ええと……。わたしの家は、二階建ての木の家だけど、一階が台所と居間兼お父さんとお母さんの寝室、二階がお兄ちゃんの寝室とわたし達兄妹の勉強部屋、わたしとお姉ちゃんは屋根裏部屋で寝ていた。服とかおもちゃなんて、お姉ちゃん達のお下がりばかりだったから」

 リブサーナは憶えている限りのホジョ星での暮らしを思い出した。精神読術(サイコリーディング)といっても、相手の思考が全部読める訳ではなさそうだった。リブサーナはハミルトンにホジョ星は十六カ月あって一年、地域ごとによって名産品が果物だったり野菜だったり、一季に一度は収穫祭などの祭りが贅沢の時だのとホジョ星での文化や暮らしを教えたのだった。

「あの、さ……。リブサーナは将来の夢あるの?」

「え?」

 ハミルトンに聞かれて、リブサーナは思った。

「君がいつか就きたい仕事とか未来の目標。僕は現場リポーターになりたいから、父さんに頼んでワンダリングスで研修したかったんだ……」

 ハミルトンは現場リポーターの研修先をワンダリングスにしたのか述べた。

「わたし? 今は……ワンダリングスで過ごすのがやっとだから……、考えていなかった、そういうの」

 リブサーナは自分の夢やら人生の目標なんてウィッシューター号に乗り込んでから、考えてもなかったし思ってもいなかった。ホジョ星に居た時は夢や目標は持っていたのだろうけど、宇宙盗賊の襲撃でエヴィニー村が滅んでからリブサーナの夢もなくなってしまったのかもしれない。

「今は見つからない、というか見つけれないのだろうけど……」

 リブサーナの少し寂しい笑みを見て、ハミルトンは言った。リブサーナの心の中を見つつもそれを言わず、別の言葉を出した。

「見つかるさ。今の生き方よりも大切な夢がさ」


 ハミルトンがウィッシューター号に搭乗してから二十二時間後。ウィッシューター号は宇宙空間を飛び続け、クシー星域とニュー星域の間に浮かぶ大衛星を丸ごと宇宙市場(コスモマーケット)にした休憩先に到着した。

 巨大衛星の宇宙市場(コスモマーケット)は数百人の宇宙人が利用できるようにと中に百五十の店舗と四十の宿家、宇宙艇の停泊は大型なら三十台、中型なら八十台、小型なら百二十台を止める程の広さなのだ。衛星の宇宙艇通路から様々な色や形や大きさの宇宙艇が出入りしたり、宇宙空間なら防護服がなくても活動できる宇宙人達が宇宙艇入退口から出入りしていた。

「うあぁ、すごい」

 ハミルトンはコックピット窓から見えるモニターで巨大宇宙市場(コスモマーケット)を目にする。

「わしらは衣類や食糧、武器に必要なワックスや薬品などの生活必需品を求めに宇宙市場(コスモマーケット)にへやって来る。よく利用するのは円筒型の建物だが、衛星一つを丸ごと市場にしたものは極稀だ」

 司令席に座るグランタス艦長がハミルトンに教える。他の艇員(クルー)は操縦席に座り、ハミルトンとピリンは壁に備え付けられた補助席に座る。

 ウィッシューター号は巨大宇宙市場(コスモマーケット)の中型宇宙艇入退口から入り、シャッターが縦に開き、シャッターと同じ金属で四方を覆われた通路に入り、更に棚のように区切られた停艇上の中に入り、通路型チューブが出てきてウィッシューター号の出入り口とつながり、グランタス艦長はハミルトンと艇員(クルー)を引き連れ、巨大宇宙市場(コスモマーケット)の中へ入る。通路チューブを出ると、そこはある階層のエントランスで、天井は升目状の照明が白く光り、床は顔が映るほどに磨かれた紺色の硬石で、やはり升目状に敷き詰められていた。様々な色や内装、商品の異なる店が一列数十軒、三、四列に並び、様々な外見や種族の宇宙人やブリックと同じレプリカントが客や店員として過ごしていた。市場内には様々な宇宙の言語が雑音のように響いている。

「本当に広いんだ、衛星規模の宇宙市場(コスモマーケット)って!」

 ハミルトンが幼い子供のようにはしゃぎ、リブサーナが尋ねてくる。

「え……、でも、ハミルトンさんは大統領の息子さんだから、衛星市場(マーケット)には……今いる星域じゃなくてカッパ星域やその辺り……」

「いやぁ、僕は円筒型建造物の宇宙市場(コスモマーケット)に行った事はあるけれど、衛星規模は初めてだよ」

 リブサーナは大統領や王侯貴族のような者は巨大な市場に来るのが常で、贅沢や華美な暮らしはしょっちゅうするものだと思っていた。ブリックがタブレット端末を駆使して衛星市場のデータを把握し、今自分達の現在地は二階で、一階は宇宙艇停泊場、二階が生活や食事のエリアで軽食からレストランまでの飲食店が三〇、服や宝石などの非飲食店が五〇、はたらまた小型宇宙艇の店もあるのだという。


「ふーむ、これからどうすれば……」

 ドリッドがあごに手を当てて考えていると、アジェンナが三手に分かれたらどうだと意見を述べてきた。

「生活用品と食糧の調達に三人、武器や宇宙艇の必需品に二人、あとの一人がハミルトンさんのお守役で」

「その方がいいだろう」

「さんせいだぉ」

 グランタス艦長やピリンも賛成する。

「でもどうやって決めるの?」

 リブサーナが聞いてくると、ブリックがこよりにした白い紙を出してくる。

「くじで決めたらよいだろう。赤は食糧調達、青は宇宙艇と武器用品、白がハミルトン氏のお守役という事で」

「くじねぇ……。ま、やってみますか」

 ドリッドが呟くと、六人はくじを引いた。赤がグランタス艦長とアジェンナとピリン、青がドリッドとブリック、そして白がリブサーナであった。


 リブサーナはみんなと別れて二〇分後、ハミルトンと一緒にいた。様々なクシー星域とニュー星域の各惑星の名物料理や菓子、飲み物が並ぶ屋台エリアでは人間(ヒューマン)型星人や虫型、鳥や魚型の宇宙人(エイリアン)が肉を焼いたり魚を揚げたり麦粉の麺を塩やソースで味付けしたり、無地のケーキのカップ容器にクリームやチョコレートで飾りつけしたりする様子が見られ、また様々なクシー星域やニュー星域の宇宙人(エイリアン)が合成材のテーブルや椅子、ベンチがいくつも並ぶフードコートで屋台や店の料理を食べていた。フードコートに関わらず、どこの店でも低温や高音に特徴がある言語が行き交いして響き渡り、甘い菓子や辛い汁や酸っぱいソースといった料理の匂いが漂っていた。

 リブサーナとハミルトンはプラスチックと布で出来た造木の鉢植えがベンチと交互に並ぶ場所に座り、何種類かの料理を一品ずつ買って食べるハミルトンの隣でリブサーナは座っていた。

 ハミルトンの服は昨日と違って黄色い光沢のジャケットと黒いハイネックシャツとベージュのフィットパンツ、足元は黒い合皮革のアンクルブーツでラフな服装だった。リブサーナは緑色のノースリーブチュニックと薄黄色の半そで中シャツ、白いハーフパンツ、足元は茶色い革の網あげブーツである。チュニックの胸元の裏にある銀色の金具があるが、これはブリックが作ってくれたカッパ星域主用言語の翻訳機である。

 ハミルトンは平めんを茹でで赤と緑の野菜で炒めた料理、何処かの星の海老とイカを焼いて赤いピリ辛ソースをかけた料理、緑と黒の豆が入ったパンに青魚や緑と黄色の葉菜をはさんだサンドウィッチ、野鳥の腿の素揚げを食べてる。リブサーナは紙コップの容器に入ったピンクの炭酸フルーツジュースをストローですすっていた。

(何かこうしていると……、人間(ヒューマン)型のカップル、もしくは姉弟に見えるのかな、他の人達から。ハミルトンさんって旧王立学院の学生さんでわたしよりも年上なのに、幼気あるし)

 リブサーナがそう思っているにも知らずハミルトンは屋台料理に夢中で、ウェルズ星人特有の精神読術は使ってないようだった。食事や睡眠やテレビ番組の観賞や読書や勉強の時はそっちに心が向けられるらしい。

 ハミルトンのお守役になったリブサーナは相手の心が読めるハミルトンが誰かの心の内を読んで失礼な事を行ったりしないか不安であったが、リブサーナと二人きりになってからはいきなり「屋台エリアに行きたい」と言ってきたので意外に思いつつも安心していた。

 リブサーナとハミルトンは気づいていなかったが、多種多様な人混みの中で二人を見つめている視線があった。

「おい、あれがウェルズ星現大統領の息子だぞ、テイクン」

「だな。一緒にいる女は彼女か? それともボディガードか? どちらにしろ邪魔だな」

「どうやって連れ去ろう? ウェルズ星人は相手の心が読めるからな」

「まぁ、待て。しばらくは様子を見よう。そしてウェルズ星大統領に身代金をたんまり要求しようじゃないか」

 黒い鳥型星人は刺身屋台で並びながら、ミュー星域のナップ語で話しあっていた。