8弾・8話 テーラ星魔神の正体


 とうとう姿を現したテーラ星魔神が黒ずんだ青や紫に近いオーラ状の体につり上がった赤い眼と大きな口を見せてきた。

 宇宙連合本部基地のモニター室ではオペレーターもワンダリングスも、誰もがその姿を目にして目を丸くしていた。モニター室の大画面でなくても、宇宙連合軍の窓からでも、モニター室から映し出された映像をダウンロードした端末した画面にも、テーラ星魔神の恐ろしさが伝わってきた。

「あれがテーラ星魔神……!」

 ピリンが寝ている仮眠室の窓からリブサーナとアジェンナがテーラ星魔神を目にして呟く。暗闇というより黒い太陽のような魔神は生命に恩恵や明快を与えてくれる白い太陽とは真逆で、生命に恐怖や不安をもたらすようだった。

「くそっ、まだ五柱だけだっていうのに……。いきなり大ボスのお出ましとは」

 ドリッドがテーラ星魔神のいきなりの出現と創造神の依代が一人足りないことに唸る。

『ククク……。聞け、宇宙連合軍及び我を封印した創造神の依代よ』

 スピーカーだけでなく、彼らの脳内にも伝わるテーラ星魔神の恐ろしくも威厳のある声が響いてくる。

『我はアルファ星域にあるテーラ星の魔神、非留古(ひるこ)なり。我は宇宙の支配を統べる者なり。宇宙を統べる我を阻む者たち、滅びる運命(さだめ)。我を阻むも者、排除する』

 それを聞いて、多くの宇宙連合兵、総帥やヘスティア、ハミルトンが恐れおののいた。

「非留古……。それがテーラ星魔神の名前……」

 リブサーナがようやく判明したテーラ星魔神の名前を聞いて呟いた。その時、アジェンナの体が軽く痙攣したかと思うと、顔を上げてリブサーナに語りかけてくる。

「そうです。非留古は今から五千年前に我々六大創造神が封印したテーラ星の魔神です。非留古はテーラ星の中つ国と呼ばれる大陸の夫婦神によって誕生した神です」

 アジェンナを依代に選び、風と叡智を司る創造神ウィーネラがリブサーナに教えてきた。

「テーラ星にある中つ国?」

 リブサーナはウィーネラに尋ねてくる。

「テーラ星は宗教も文化も文明も異なる種族が存在している星です。その一つ〈中つ国〉から非留古は生まれました。

 中つ国を創造した神々は中つ国をより良い土地にするために男神と女神を送り込みました。男神はイザナギ、女神はイザナミ。

 神殿で二人は夫婦の契りを交わす儀式でイザナミの方から先に声をかけてきたために生まれたのが非留古でした。

 非留古は醜くゆがんだ姿として生まれたためにイザナギとイザナミによって冥府に送られてしまいました」

「非留古は自分の親から捨てられた……」

 それを聞いてリブサーナは心が揺らいだ。

「続きはまだあります。非留古を生んだ後、イザナギとイザナミは儀式をやり直して、次々に中つ国を形成させるための生命の住む土地を生み出し、他にも自然や文明を司る神々を誕生させていきました。

 しかしイザナミが火の神を生んだのが原因で、イザナミは火傷で死んでしまい、イザナミは冥府の民となりました」

 更にウィーネラによれば、イザナギはイザナミのことが忘れられず、冥府を訪ねて行った処、イザナギは禁忌を犯して腐乱した姿のイザナミに追いかけられて命からがらに逃げ出し、永遠に会わないと決めたという。追いかけてきたイザナミや亡者にまぎれて、非留古はイザナギに気づかれないように地上から飛び出していったという。

「そしてテーラ星は数多の神々と支配種族となる人間で満ち溢れると、非留古はテーラ星を進出して宇宙中のありとあらゆる悪気を吸収していって、魔神と化したのです。

 嫌悪、妬み、疎外感、そういった悪の気が非留古を育み変化させていったのです。

 わたしたち宇宙の六柱の創造神は非留古が宇宙の悪気でこれ以上進化させまいと、宇宙の小惑星の中に非留古を封印して、宇宙の善悪のバランスを保たせたのです」

「だけど最近になって、隕石との衝突で非留古が復活した訳ね……」

ウィーネラの話を聞いて、リブサーナが納得する。それと同時にアジェンナの体を通して非留古誕生の経歴を語っていたウィーネラは引っ込んで、アジェンナが意識を取り戻す。

「はれ? あたし何やってた?」

 それからセーンムルゥの連合軍兵回復で休眠をとっていたピリンも起きだした。

「ああ〜、よくねたぉ。あれ、ふたりとも、どったの?」

 ピリンがアジェンナとリブサーナに訊いてきた時だった。三人の携帯端末が鳴り、画面の通信アイコンを叩くと、ブリックとドリッドの顔が立体的に映し出されてくる。

『三人とも、今すぐ来てくれて!』

『テーラ星の魔神が攻撃を仕掛けてくるぞ! 大至急、司令室に来てくれ!』


 テーラ星魔神軍の宇宙艇の中にいるリークスダラー、ベラサピア、ヴィルク、エルダーンも自分たちのあの"お方"こと非留古が自ら連合軍本部に向かっていったのを目にすると、自分たちもついていった。

「もしあのお方……いや非留古さまに何かあったら、我々の立場も危ういぞ!」

 リークスダラーは操縦を担当している同属の異星人兵に伝えた。エルダーンたちは非留古がテーラ星のある国の夫婦神の儀式の失敗から成る神だったのは自分たちも初耳であったが、それでも自分たちは非留古の配下なのだからと考えていた。


 リブサーナ、アジェンナ、ピリンは連合軍本部の司令室に来ると、大画面に映し出されている非留古を目にして、とうとうこの時が来たと確信していた。

「……まだ最後の創造神リツァールの依代がまだ見つからないとはいえ、俺たちがあいつを止めるしかないな」

 ドリッドがリブサーナたちに言うと、彼らは非留古に立ち向かうしかなかった。

「みんな、行こう。宇宙最大の危機を阻止するために」

 リブサーナがアジェンナ、ピリン、ブリック、ドリッドに言った。非留古に立ち向かおうとせんとする彼らを見て、グランタス艦長とハミルトンはこう告げてきた。

「……武運を祈る」

「気をつけて……」

 リブサーナたち五人の創造神の依代は司令室を出て、更に小型宇宙艇が宇宙空間に入るためのエレベーターに乗り、エレベーターが上昇し始めると、リブサーナたちは創造神に自分の体を貸し、それぞれ緑・赤・紫・青・白の波動に包まれて、頭から爪先まで装甲をまとったような創造神の姿に変わり、エレベーターのシャッターが開くと、創造神たちは宇宙空間へ飛び出していった。


 リークスダラーたちのいる宇宙艇の操縦席のレーダーに五つの生体反応が現れ、その反応のサーモグラフと画像反映をすると、五人の男女が装甲をまとって自分たちの方へ向かってくるのを目にした。

「敵が出現いたしました! ご覧下さい!」

 操縦席のパイロットの一人が司令室に五柱の創造神が向かってくる映像をモニターに送信してきた。

「創造神がこっちに向かってきてやがる! あと一人とはいえ、流石に手強いんじゃねぇか?」

 エルダーンが言うと、ベラサピアが挟んでくる。

「考えすぎよ。でも、私たちの出る幕はなさそうね」

 ベラサピアがそう言うと、リークスダラーが彼らに告げた。

「そうだ。我々は非留古さまに万が一のことがあった時にだけ助けを出す。それまで待機していることだな」


宇宙空間に飛び出し、創造神に体を貸した依代たちは進路をそらすことなく、非留古の方へ向かっていく。創造神の生命エネルギーが宇宙防護服や呼吸ボンベなどの役割を果たしているため、リブサーナたちの体に宇宙空間での影響が出ることはなかった。

「来たな、創造神ども。封印を解かれ、宇宙の悪気を吸収し、成長し進化した我の力を受けるがいい」

 非留古は青黒いエネルギー体の右手を創造神たちに向けてきて、無数の雹のような赤黒いエネルギー弾を放ってきた。

「非留古が攻撃を仕掛けてきました。みんな、散って下さい!」

 リブサーナを依代に選んだ緑土のフリーネスが他の創造神に伝えた。

「了解!」

 五柱の創造神はそれぞれ五方に散り、陽炎のソルトゥーが非留古に後攻を仕掛けてきて、掌から赤い炎の球弾をいくつも放つ。ソルトゥーの攻撃と非留古の放った攻撃がぶつかって、そこが赤とえんじ色に爆ぜて閃く。

 風智のウィーネラは紫色の竜巻状のエネルギーを出して高く掲げた両腕を下ろして非留古にぶつけてきた。非留古はウィーネラの攻撃を受けて怯むも、左手からジグザグ状の濃緑の光線を放つ。ウィーネラは非留古の光線を目にして不覚と察するも、水雪のスプレジェニオが大きな水の膜を張った後に冷気で固めて氷の反射盾を出して非留古の攻撃を跳ね返し、非留古は自身の光線を受けて後退する。

「ググ、よくも……」

 非留古は創造神が思っていたよりやり手だと知ると、両腕の全指を出して赤黒いエネルギー弾と濃緑の光線を乱射する。

「あわわ、流石にこの攻撃だと創造神でも不可能なんじゃ……」

 モニター室からつながる総帥室のモニターで五柱の創造神と非留古との戦いを目にしたヘスティアは非留古が盛大な攻撃を繰り出してきたのを目にして、総帥に尋ねてくる。画面の中では創造神たちが火柱を出したり、風の刃を出してきたり、氷のつぶてを放ってきたり、三日月の弓から弓を乱射してきたり、木の葉状のエネルギー弾をいくつも出してきて非留古の攻撃を防いだり後攻してきたりとしていた。

 司令室でもグランタス艦長とハミルトン、オペレーターの連合軍兵たちが両者の戦いを見守っていた。

「グランタス艦長、創造神の依代に選ばれたとはいえ、リブサーナたちの体に負荷がかかっているんじゃないですか?」

 ハミルトンがグランタス艦長に訊くと、グランタス艦長は深刻な顔をして答える。

「かもしれんな……。あと一柱、雷心のリツァールの依代となる者が出てきてくれれば、テーラ星の魔神、非留古のことを何とかしてくれるだろうに……」

 その時、オペレーターの一人がグランタス艦長に伝えてくる。

「グランタス殿! 創造神の依代になった者たちの体に支障が出ています!」

「な、何だってぇ!?」

 それを聞いてハミルトンも口にする。五人の依代のサーモグラフや筋力表示、疲労データが画面に映し出され、それらは五十%を下回ろうとしていた。

「やはり、体に負荷がかかってしまっていたか! 一度彼らを撤収させないと……」

「でもどうやって……」

 オペレーターの連合軍兵がグランタス艦長に訊いてきていると、ハミルトンはぐっと拳を握った。

(僕は何のためにここまで来たんだ? 宇宙最大の危機だっていうのに。僕はようやく親兄弟や友人よりも大切な人がわかったというのに……)

――力が欲しい。魔神に立ち向かえる力が。

 するとグランタス艦長が持っていた雷心のリツァールの魂の結晶が黄金の光を放って輝きだし、周囲の者たちのまぶたを閉ざした。その拍子でグランタス艦長が姿勢を崩し、懐に入れていた箱からリツァールの魂の結晶が飛び出て、ハミルトンの方へ向かっていった。


 宇宙空間ではフリーネスたち五柱の創造神が苦戦していた。相手は魔神非留古一体だけに対し、五柱の創造神だが力の差がありすぎた。

「思っていたより手強いな。封印の反動だからか?」

 ソルトゥーが言うと、ウィーネラが答えてくる。

「いや、非留古は宇宙中の悪気を吸収しために私たち五柱よりも強くなったのでしょう。負の気は正の気よりも上回りますからね」

「だけど、待っててほしい。私たちは実体がなく、依代の者で姿を現しているとはいえ、依代たちの体力が削られていっている。非留古と決着をつける前に、依代たちの命が危うい……」

 スプレジェニオが他の創造神に伝えてくる。

「やはり、六柱いないと出来ないのでしょうか」

 セーンムルゥがそう言った時だった。

「くくく……。我を倒す前に依代たちの命が尽きる方が先のようだな。ならば、全員くたばれ!!」

 非留古は左手を伸ばし、指先から五本の濃緑の光線を撃ち放ってきた。ジグザグながらも五柱の創造神を狙ってきた。

(もうもたないか?)

 フリーネスがそう思った時だった。五柱の創造神の目の前に黄金の雷光の壁が出てきて、非留古の光線をかき消したのだった。二つのエネルギーがぶつかり合って爆ぜるも、五柱の創造神は助かったのだった。

「今の雷光は……」

 非留古も突然のことに驚いて何が何だかに驚くも、フリーネスたちが振り向くと、金色の兜、鎧、稲妻状の二枚の翅、腕と脚も金色の装甲に覆われており、右手には武器と思われる長い棍棒を持っている。

「あなたは雷心のリツァール! とうとう依代が見つかったために復活できたのですね!」

 フリーネスが最後の六番目の創造神、リツァールに復活に胸をなでおろした。

 連合軍本部基地のグランタス艦長たちは司令室などのモニター画面から創造神が六柱そろったことに歓喜していた。

「まさかハミルトンがリツァールの依代に選ばれたとはな……」

 リツァールも加わり、創造神が六柱全てそろった処で、非留古との決戦が始まろうとしていた。